最新記事

日本社会

コロナ禍で考えた日本人の正義感と「他人への忍耐の強要」

2021年9月14日(火)13時30分
アルモーメン・アブドーラ(東海大学教授)
コロナ禍の東京

日本人の正義は、共同主義的要素が強い Kim Kyung Hoon-REUTERS

<名古屋入管でのスリランカ女性死亡事件やコロナ禍の「自粛警察」を見て、日本人の正義感について考えさせられたが......>

文化摩擦という現象は研究していて心が弾むものではない。そもそも、文化摩擦と呼ばれる現象の多くは、互いの文化特有の物の考え方や見方をめぐる独断や理解不足などが原因とされる。日本を訪れた外国人に日本人のイメージを尋ねると、 優しい、親切、真面目といったプラスのイメージのほか、人見知りとか冷たいというマイナスのイメージも聞かれる。

なぜこのような両極端なイメージがあるのだろうか。私としては、日本滞在25年が経つ今も、日本人の行動様式には多くの疑問符を付けたくなることがあり、その独特で、ときに曖昧な特徴や個性に困惑させられることもある。

その一つが、正義感に対する考え方である。日本人は何に対して正義感を向けるのか。また、正義感をどのように捉えているのか――昨今のコロナ渦の中での振る舞いや、入管施設における死亡事件を見て考えずにいられなかった。

言うまでもないのだが、正義というものは、文化やその価値観、視点、時代などによって異なったり一致したりするものだ。アラブ人にとっての正義と日本人にとっての正義とは時と場合によって大きく食い違うものだし、また、違う文化圏ともなれば、正義感もまた別のものとなる。一方、人間は世界の正義が一つであると思いたい......というより、そうであるように望んでいるようである。さらに言えば、アラブ人同士または日本人同士など、同じ文化圏内のメンバーでも正義は一つかというと、そうではない場合も少なくない。

言葉というものの影響範囲は言語の領域にとどまらず、行為、出来事、対象など種々多様の経験の構造化にまで及んでいる。そして、それが人間と言葉の関係を決める大原則だ。このようにして言語はそれぞれの世界を、その言語独特の方法で理解している。つまり、私たちの思考や行為の土台にある認知と概念は、その根底から本質的に言葉の産出である。

言葉が人々の行動を決める

言葉が国の運命を決めるのと同じように、人々の行動を決めるのも言葉である。その視点で世界各国の言語を見渡してみると、文化圏によって「正義」にあたる言葉の意味合いはさまざまであることが分かる。日本語の場合は、行いの正しさ(rightness)を意味し、「アラビア語」の「公正」、中国語の「義」、英語のjusticeなどとそれぞれが独自の背景をもち、意味やニュアンスを異にしている。

一方、正義は道徳的概念の一つ。そもそも正義とは何かと考えると、社会や個人の共通項として、文化と歴史によって集積された道徳と信念の集合体であろう。そして、日本人の正義感の背景には、自分の正義を実現したいという要求がある。そんな正義感の根源は一体何なのだろうか?

日本人は、チャレンジする時や困難な時にこそ、冷静さを失わず、利己的行動に走らず、助け合いの精神による行動を保つのが得意な民族として知られている。その一方で、自分や他人への忍耐の強要、過度の抑制などの極端な面もみられる。言ってみれば、「自分に厳しい分、他人にも厳しい」といったメンタル的特徴が見られる。そういうメンタル的特徴こそ、日本人の正義感の形成に大きく影響を与える。

日本社会の平和で安全なイメージの裏で、コミュニケーションに乏しく、人間関係も希薄で、ちょっとした間違いをした人に厳しく矛先を向けたり、個人や組織、思想などの一側面だけを取り上げて問題視しその存在を全否定するかのように非難すること、無差別攻撃や虐待、あおり運転など陰険な犯罪が増えている。そんな日本を、私たちはどう評価すればいいのだろうか。もちろん、簡単に答えられない問である。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

午後3時のドルは155円前半へじり高、急落時の半値

ワールド

世界の平均気温、4月も観測史上最高 11カ月連続=

ビジネス

米アマゾン、テレフォニカとクラウド契約 通信分野参

ビジネス

三菱重の今期、2年連続で最高益見込む 市場予想は下
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 6

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 7

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 10

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中