最新記事

米人種差別抗議デモ

天安門事件の教訓にアメリカが学ぶとき──血の弾圧は独裁国家でなくても起こる

Tiananmen Can Happen Here

2020年6月10日(水)17時00分
ルイ・チョン(ウッドロー・ウィルソン国際研究センター米中研究所プログラムアシスタント)

首都ワシントンで兵士に手を振るデモ参加者 KEVIN LAMARQUE-REUTERS

<「秩序の維持」を名目に警官と州兵がデモ参加者を蹴散らす今日のアメリカ、市民の自由と安全を脅かす権力の暴走は独裁国家に限らずどこでも繰り返される>

清朝の皇帝が暮らした壮麗な宮殿である紫禁城に至る門──それが、5歳の私が天安門について知っていた全てだった。その門の前を通って戦車が広場に入り、抗議の声を上げる人たちを無慈悲に蹴散らしたことを知ったのは、15歳の時だ。

そして20歳になった私は趙紫陽(チャオ・ツーヤン)元中国共産党総書記の回想録を読んだ。そこには詳細に書かれていた。民主化を求める学生や労働者が広場を埋め尽くしたこと、人民解放軍の兵士たちが彼らに銃口を向けたこと、広場に戦車を送り込み、実弾の使用を命じたのは共産党指導部だったこと。

1989年6月4日は中国の歴史における重要な転換点となった。31年後の今もなお国家の暴力の恐ろしさは人々の記憶に染み付いている。天安門が後世の人々に伝えるのは清朝の栄華だけではない。広場に集まった学生たちの希望、そして彼らが流した血。私も含め中国人はそこで起きたことをこれからもずっと問い続けることになる。

一方、アメリカ人にとっての天安門は過去の事件にすぎない。そう、ただの人ごとだ。今この瞬間にも大勢の人々が警察の暴力に抗議しているというのに......。

ドナルド・トランプ米大統領は1990年にプレイボーイ誌のインタビューでこう語っている。「学生が天安門広場に押し寄せると中国政府は焦り狂った。その後の彼らのやり方は悪辣だったが、あの場合は力で抑え込むのが正解だ」

無遠慮な感想だが、トランプは天安門をただの事件ではなく、教訓として受け止めている。彼はそこから権力とは何かを学んだのだ。とはいえ、外交政策の専門家たちにとっては、天安門は過去の遺物にすぎず、血と権力と犠牲についての教訓ではない。

人々の記憶は消せない

生存者が体験を語るイベントなども、もっぱら中国共産党を批判する趣旨のものだ。マイク・ポンペオ米国務長官は6月4日にアメリカに亡命した元活動家たちと並んで撮った写真を説明なしでツイッターにアップした。亡命者たちの顔触れはアメリカ人にはなじみがないが、中国当局にはよく知られている。ポンペオが投稿した写真は中国当局に向けたメッセージなのだ。

だが6月4日に起きたことがあの運動の全てではない。中国の人々が学生たちの運動に抱いた共感や希望、軍と警察がそれを無残につぶし、運動の支持者を全土で捜し回って逮捕したこと。6月4日の前にも後にも長い物語がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇用者数

ビジネス

現在の政策スタンスを支持、インフレリスクは残る=ボ

ワールド

欧州委、中国EV3社に情報提供不十分と警告 反補助

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想以上に鈍化 失業率3
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 5

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 6

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    映画『オッペンハイマー』考察:核をもたらしたのち…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中