最新記事

BOOKS

「私の20年を返してほしい」53歳ひきこもり女性──8050問題をめぐる家族の事情

2020年5月13日(水)18時35分
印南敦史(作家、書評家)

父親は1932(昭和7)年生まれの87歳、母親は1926(大正15)年生まれの93歳。千秋は次女であり、上に長男と長女がいる。仕事に就き、家庭を持っているのは長男だけで、長女は20歳を過ぎた頃にうつ病を発症。20代半ばで一度は結婚したものの病気が原因で離婚し、以降、自宅で闘病生活を続ける。

現在、姉だけが両親と同居し、千秋は単身で暮らしている。


 なぜ、家族が分離することになったのか。その原因は千秋による家庭内暴力にあった。まず、母と姉が耐えかねてアパートに移ったのが、13年前のこと。千秋と同居を続けていた父・信二も、9年前には千秋との生活に悲鳴をあげ、家を脱出。今は父、母、長女の3人でアパートを借りて暮らしている。
 一人、実家に残った千秋は父に月5万円の仕送りを要求し、ひきこもりを続けている。(16ページより)

"強すぎる父"に考え方を一方的に押しつけられているという不満を持ち続け、うつ病の姉が寝たり起きたりの生活をしていることが許せず、一晩中、姉を罵り、止めに入った母親に暴力を振るう――。

その頃、信二は定年を過ぎ、再就職。職場の近くに借りたアパートに単身で住んでいたが、そこに千秋を呼び寄せて2人で暮らすことにした。「女房と長女を千秋から分離させないと、2人が参ってしまう」という思いがあったからだ。

当時の千秋は1人の生徒にだけピアノを教えていて、収入は毎月の月謝、8000円のみ。したがって、信二の収入で養っていたそうだ。

75歳になった信二は再就職先の仕事を辞めて自宅に戻り、千秋を自立させることにした。信二は千秋に、「生徒を集めて、独立するように」と迫った。ここまでなら、まったく理解できないわけではない。しかし、単純に千秋だけが悪いと言い切れないことが、これに続く親の行動から分かる。


「女房も喜んで、千秋の一人暮らしのために、白物家電を100万円分ぐらい買い揃えました。なのに、千秋は『嫌だ』と実家に戻ってきたのです。買い与えたものは全部、無駄になりました」(22ページより)

もちろんこれ以外にもさまざまな事情が絡んでいるので、この部分だけで全てを判断するべきではない。しかしそれでも、甘過ぎる親とわがままな娘の双方が、共にアンバランスな状態のまま問題を複雑化させていることは分かる。

これまで中高年のひきこもりは、社会から「見えない」ものになっていたと著者は指摘している。その理由としては、それまでのひきこもり支援が39歳までを対象にしてきたこと、ケアマネージャーやヘルパーなど「見えていた」人もいたものの、支援をしていく制度や仕組みがなかったことなどがあるという。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり

ビジネス

米エリオット、住友商事に数百億円規模の出資=BBG
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 7

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中