コラム

シリア内戦と日本の戦争体験はつながっている

2017年03月16日(木)11時53分

シリア中部ホムスにて(2012年1月) Ahmed Jadallah-REUTERS

<内戦開始から6年がたち、いまも続くシリアの悲劇。ドキュメンタリー映画『シリア・モナムール』にも描かれる無差別「空爆」の残酷さは、約70年前、日本で30万人以上の死者を出した「空襲」とつながっている>

3月11日、シリア内戦を扱ったオサーマ・モハンメド監督のドキュメンタリー『シリア・モナムール』(2014年、公式サイトはこちら)の栃木県小山市での上映会に招かれ、上映の後、シリア内戦について話をした。私はこの映画を昨年の劇場公開前の試写会で見たが、すでに1年近くたち、細部の記憶が曖昧になっていたので改めて上映会で見直した。

映画は6年前の2011年3月に始まったシリア南部の都市ダラアでの大規模デモの映像から始まる。同年1月、2月にチュニジアとエジプトの強権体制を崩壊させた若者たちのデモ「アラブの春」が、シリアにも波及していた。ダラアでは10代の少年たちがアサド政権の崩壊を求める落書きを描いたために警察に拘束され、その釈放を求める市民のデモが激化し、それに警官隊が銃撃し、市民の死者が出た。それがシリア内戦のきっかけとなる。

【参考記事】シリアの惨状を伝える膨大な映像素材を繋ぎ合わせた果てに、愛の物語が生まれる

映画の前半は、ダラアでのデモの激化とデモ隊の流血、それに対して抗議するデモがシリア国内で広がっていき、それを制圧する警察・軍の出動で、流血が拡大する様子を見せる。

映画は、デモに参加した匿名の市民がYouTubeに上げた映像をドキュメンタリーとして編集したものだ。特に政権軍に殺害された市民の遺体の映像、画像がこれでもかと映される。日本の新聞、テレビなどのマスメディアで遺体がそのまま映ることはなく、戦争の痛ましさに衝撃を受ける。

【参考記事】「瓦礫の下から」シリア内戦を伝える市民ジャーナリズム

映画の後半、パリに亡命したムハンマド監督が、反体制勢力の支配下にあり、政権軍に包囲されているシリア中部の都市ホムスにいるクルド人の女性シマヴとインターネットで連絡をとることで、ホムスが舞台となる。クルド人女性は現地の映像を撮影し、インターネット経由でアップしている。

シマヴがホムスから送ってくる映像に、ビルが立ち並ぶ都市の一角でいきなり巨大な火柱が上がる場面がいくつかある。政権軍による空爆である。廃墟となった街並みには、足を引きずる猫の悲痛な鳴き声が響く。

市民のアパートの一室に子供たちが集まる自主学校の映像もある。アパートでは子供たちは戦火の下にあることを忘れさせるほど元気がいい。しかし、小学校低学年の笑顔で並んだ姉弟が、次の画像では、目を閉じて血の気を失った遺体として並んでいる。包囲攻撃の下での空爆によって、多くの子供たちが犠牲になっている。

映画では、政権軍から出た映像、画像もある。戦車に乗り、記念撮影をするような映像。デモに参加した少年や若者に激しい暴行を加える動画。少年に兵士の靴にキスをさせて蹴り上げたり、アサド大統領の肖像にキスをさせながら暴行したりする場面。

裸で部屋の隅に膝を抱えてうずくまる少年の画像が、映画の中で繰り返し現れる。若者たちに暴行している兵士に、映像を撮っている者が「もっと蹴れ、頭を蹴れ」と指示する声が聞こえる。露悪趣味としか思えないような加害者の映像が、インターネットに公開されているのだ。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。フリーランスとして中東を拠点に活動。1956年生まれ。元朝日新聞記者。大阪外国語大学アラビア語科卒。特派員としてカイロ、エルサレム、バグダッドに駐在。中東報道でボーン・上田記念国際記者賞受賞。著書に『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イラク零年』(朝日新聞)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)、共著『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)、『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)。最新刊は『シャティーラの記憶――パレスチナ難民キャンプの70年』
ツイッターは @kawakami_yasu

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

上海市政府、データ海外移転で迅速化対象リスト作成 

ビジネス

中国平安保険、HSBC株の保有継続へ=関係筋

ワールド

北朝鮮が短距離ミサイルを発射、日本のEEZ内への飛

ビジネス

株式・債券ファンド、いずれも約120億ドル流入=B
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 7

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃の…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    日鉄のUSスチール買収、米が承認の可能性「ゼロ」─…

  • 10

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story