コラム

ウイグル、チベット、内モンゴル......中国による民族弾圧の原点は毛沢東にあり

2021年11月30日(火)17時30分

文革当時の内モンゴルでは女性も国境警備をする兵士に(1969年)UNIVERSAL HISTORY ARCHIVE/GETTY IMAGES

<文革は、集団虐殺こそ異民族を統治する上で最も有効であることを知る「成功体験」になった【特集:文化大革命2.0より】>

2008年、筆者がある学会誌で内モンゴル自治区のモンゴル人にとって中国文化大革命はジェノサイド(集団虐殺)だったとの論文を公表した際、世界の学界で少なからぬ反響が沸き起こった。

筆者はそれまで長らく第1次史料を収集し続け、証言と合わせてモンゴルの「民族の集合的記憶」を公にしたのだ。

「民族の集合的記憶」としてのジェノサイドの実態を示しておこう。

中国政府の(操作された)公的見解によると、文革期には内モンゴルで34万人が逮捕、2万7900人が殺害され、12万人が暴力を受けて身体に障害が残ったという。12万人の負傷者も暴力が原因で「遅れた死」につながった結果を含めれば、犠牲者数は約15万人に上る。

当然、中国以外の研究者や同自治区のモンゴル人研究者は中国当局の数字を信じていない。それでも、当時の自治区全体のモンゴル人の人口が140人万強だったことから、平均して1つの家庭から少なくとも1人が逮捕され、50人に1人が殺害された計算になる。虐殺の規模は大きかったと言えよう。

虐殺のほかにも組織的な性暴力が横行していたし、モンゴル人民共和国との国境地帯に住むモンゴル人に対する強制移住も実施された。そして、母語を話すことも母語による教育も禁止された。

集団の成員に対する殺害と強制移住、組織的性暴力や母語禁止などは、国連のジェノサイド条約に抵触するものだ。

特定の民族を対象とする大規模で長期にわたる暴力は、個々の中国人(=漢人)が完遂できる仕事ではない。高度に組織され、村や草原の末端まで共産党の指示系統に従って動く中国社会において、個人の行動は決して許されない。

殺戮を担ったのは漢民族から成る人民解放軍部隊と労働者、農民と大学生である。全ては共産党中央委員会の綿密な作戦計画に従って実施されたものである。大虐殺が発動された原因は近現代の歴史にある。

第1に、中国からの独立を民族全体の崇高な目標に掲げていたモンゴル人たちが、日露戦争後に日本とロシアに接近したことだ。特に新興帝国だった日本の力を借りて日本型の近代化の道を歩み、中国から離れようとした人々が多かった。

日本も内モンゴルの3分の2を支配下に置き、満洲国と蒙もうきょう疆政権という2つの准国家を運営。モンゴル人エリート層は、大勢の「親日分子」から形成された。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・メキシコ首脳が電話会談、不法移民や国境管理を協

ワールド

パリのソルボンヌ大学でガザ抗議活動、警察が排除 キ

ビジネス

日銀が利上げなら「かなり深刻」な景気後退=元IMF

ビジネス

独CPI、4月は2.4%上昇に加速 コア・サービス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story