コラム

日本の相撲は「国技で神事で品格あり」?

2018年05月23日(水)16時30分

神に頼って勝ちたいし、勝って神を喜ばせたい──。それが興行=スポーツの目的なのだ。何も大相撲だけが神事で、他のスポーツより一段と神聖なわけではない。

しきたりにとらわれない女性客

最後は「品格」の問題だ。近代に入って、興行がスポーツにつくり替えられたときから、選手は「国民の模範」と位置付けられた。国民もまた「優秀なスポーツ選手」のように体を強健にし、国家のために奉仕しなければならないという政治的神話だ。ただ、果たして国民全体の模範を務められるスポーツ選手などどれほどいるのだろうか。

そもそも品格という言葉自体が、90年代にバブルが崩壊し経済が停滞するなかで、日本人が進むべき方向を見失った頃からはやり出したものではないか。「女性の品格」どころか、「国家の品格」までもが問われるようになった。

こうした流行は女性の社会進出が進み、古い縛りが意味を持たなくなったときに男性から発せられた「保守の声」ではないのか。「国家の品格」もまた、欧米化を極端に進めた結果を反省しようと出現した思想にすぎない。

相撲で気になるのは、「力士が『国技』『神事』の本質が分かっていないので、品格に問題がある」という見方だ。こうした品格論を否定する必要はないが、それが「日本人だけは特別」「日本人のみが優れている」のような発言になると、それこそがナショナリズムの土壌になっているのではないか、と懸念したくなる。

いわゆる「品格ある女性」も、男性の理想像でしかない。今やそんな理想にとらわれず、古いしきたりに縛られない女性のほうが力士の品格など気にせず、楽しく相撲を観戦している。

日本で相撲を取れば成功する、というジャパンドリームは世界に広がっている。モンゴルから始まり、琴欧洲と把瑠都の故郷ヨーロッパ、そして栃ノ心の母国は中央ユーラシアのジョージア(グルジア)。まさに東西を超えて日本の相撲界が注目されている。ただし誰も日本風の神事に従事し、日本風の品格を実践したいからではない。皆、日本の宗教信仰に敬意を払い、日本の礼儀正しさを称賛しながら、スポーツを楽しみ、豊かになりたいだけだ。

どうすれば、「相撲ナショナリズム」が収まるのだろうか。「日本人力士が強くならないといけないだろう」と、先日会ったモンゴルのある遊牧民が話していた。品格ある日本人男性には耳が痛いかもしれないが、これこそが相撲に求められていることだろう。


<本誌2018年5月15日号【特集:「日本すごい」に異議あり!】から転載>


【お知らせ】ニューズウィーク日本版メルマガのご登録を!
気になる北朝鮮問題の動向から英国ロイヤルファミリーの話題まで、世界の動きを
ウイークデーの朝にお届けします。
ご登録(無料)はこちらから=>>

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米コロンビア大、反イスラエルデモ参加者が建物占拠 

ビジネス

中国恒大、23年決算発表を延期 株取引停止続く

ワールド

米政権、大麻の規制緩和へ 医療用など使用拡大も

ビジネス

アマゾン、第1四半期業績は予想上回る AIがクラウ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 5

    衆院3補選の結果が示す日本のデモクラシーの危機

  • 6

    なぜ女性の「ボディヘア」はいまだタブーなのか?...…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 10

    「瞬時に痛みが走った...」ヨガ中に猛毒ヘビに襲われ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story