最新記事

年金

知っておきたい公的年金の将来見通し──保険料の引上げ停止がもたらす未来

2019年10月18日(金)19時00分
中嶋 邦夫(ニッセイ基礎研究所)

注目点2:厚生年金の適用拡大

前回(2014年)の財政検証からは、現行制度の将来見通しに加えて、制度改正案の影響を見るための試算(オプション試算)も行われている。今回は、A(厚生年金の適用拡大)とB(高齢期の加入と受給の見直し)とに整理されている。

このうちA(厚生年金の適用拡大)は、勤め人であるにもかかわらず現在は厚生年金の対象外の人たちを新たに対象にして、その人達が基礎年金に加えて厚生年金も受給できるようにする見直しである[図表5・6]。

nissei191016_5_6.jpg

特にA-1やA-2では、現在は国民年金保険料を払っているパート労働者の多くが、個人の保険料負担を増やさずに年金受給を充実できる[図表7]。企業負担が増えたり、現在は保険料を負担していない専業主婦パートが適用を逃れるために就業時間を短縮するという懸念もあるが、ここ数年の骨太方針に盛り込まれてきたため、拡大を前提として、どの基準がどう拡大されるのかが注目される。

nissei191016_7.jpg

注目点3:高齢者の就労と年金

オプション試算のB(高齢期の加入と受給の見直し)は、高齢者の就労と年金の関係の見直しとも言える。具体的には、加入期間の延長(B-1・3)と就労促進策(B-2・4)に整理できる[図表8]。

nissei191016_8.jpg

B-1は、65歳への雇用延長が広がる中で、基礎年金の拠出期間をこれと揃えようという発想である。それと同時に、拠出期間が増えた分だけ基礎年金が増額されるため、前述した基礎年金の水準低下への対策ともなる。

B-3は、厚生年金の加入期間が増えることで年金額が増加するが、保険料負担が伴うため就労を抑制する懸念がある。そのためこの案は、次のB-2の代替財源としての案かもしれない。

B-2は、いわゆる「働くと年金が減る仕組み」のうち65歳以上を対象とした部分の廃止や緩和である。就労を促進する可能性はあるが、(1)現在の対象者は就労者の18%に過ぎず、かつ月収70万円以上が多い、(2)給付が増えるため年金財政が悪化し、将来世代の給付をより低下させる、という性格もあるため、見直しの是否を巡って経団連と日本商工会議所とで意見が分かれている。

B-4は、繰下げ受給によって、給付水準の引上げを可能にする案である。基本的に年金財政に中立的であるため実施のハードルは低いが、(1)現行制度の利用者は1%しかおらず、見直しの効果が疑問、(2)現行制度でも65歳まで働いて67歳まで繰下げれば、現在の高齢者と同等の給付水準になる、(3)遺族年金は増額されないため、本人死亡時に年金額の落差が大きくなる、という課題がある。

2019年6月の骨太方針では、年金の改正は2019年末までに結論を得るとしている。今後議論が進む見込みだが、残された時間は短い。

*この記事は、ニッセイ基礎研究所レポートからの転載です。

nissei191016_profile.jpg[執筆者]
中嶋 邦夫
ニッセイ基礎研究所
保険研究部 主任研究員・年金総合リサーチセンター兼任

202404300507issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年4月30日/5月7日号(4月23日発売)は「世界が愛した日本アニメ30」特集。ジブリのほか、『鬼滅の刃』『AKIRA』『ドラゴンボール』『千年女優』『君の名は。』……[PLUS]北米を席巻する日本マンガ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

岸田首相、「グローバルサウスと連携」 外遊の成果強

ビジネス

アングル:閑古鳥鳴く香港の商店、観光客減と本土への

ビジネス

アングル:中国減速、高級大手は内製化 岐路に立つイ

ワールド

米、原発燃料で「脱ロシア依存」 国内生産体制整備へ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 6

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 7

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中