最新記事

ドイツ

メルケル時代が終わる理由は、難民・移民問題ではない

Angela Merkel Failed

2018年11月12日(月)11時50分
ヤンウェルナー・ミュラー(プリンストン大学政治学部教授)

メルケルはビジョンある政治家というより、テクノクラートのようだった HANNIBAL HANSCHKE-REUTERS

<難民・移民の受け入れが人気凋落の発端と思われているが......。国家のビジョンを示さず官僚的であり続けたメルケルは、ユーロ危機と移民危機を経た欧州を立て直せなかった>

イギリスの政治家イノック・パウエルは、こう語ったことがある。「政治家は順風満帆なうちに引き際を見極めないと、惨めな最後を迎えることになる」

ドイツのアンゲラ・メルケル首相には、この法則は当てはまらないようだ。メルケルは地方選連敗の責任を取って、キリスト教民主同盟(CDU)の党首を退任すると表明した。彼女の順風満帆な時期はとうに過ぎ去っているが、それでも引き際を評価する声が聞こえる。

首相職は2021年の任期切れとともに退任すると表明したが、それまでその座にとどまれるかどうかは分からない。社会民主党(SPD)が連立を離脱して総選挙が実施されれば、引退の日はもっと早く訪れる。

彼女は2005年の首相就任以来、高い指導力を維持しているように見える。ただし、重大な例外が1度だけあった。2015年秋、中東から押し寄せた数十万人の難民・移民に門戸を開いたときだ。

これがメルケル人気凋落の発端と思われているが、後に振り返れば、その勇気と情にあふれた決断は称賛されるかもしれない。任期全体への肯定的な評価に疑問を持たせる要因があるとすれば、メルケルの長期政権が国内政治にもたらした影響とEU改革での指導力不足だろう。

政党乱立を招いたといった問題以上に、メルケルがドイツ政治に及ぼした重大な影響がある。ドイツの政治学者フィリップ・マノーが言うように、彼女が強い政党の後ろ盾を得た首相というより、「官僚トップ」のような存在だったことだ。金融危機など数々の危機に直面した時期には、行政機関への権力集中も受け入れられやすかった。

政治家にはカリスマ性が必要と言われるが、メルケルはむしろ受け身で、冷淡に見えることさえあった。彼女は国民に再選支持を訴えたとき、こう言ったことがある。「皆さん、私のことをよくご存じですから」

しかし大半の国民は、彼女を「知らなかった」ようだ。分析力に富む官僚として頼りにしていたが、国家のビジョンを示す政治家とは見ていなかった。

メルケル政権が順調だったのは、基本的には国庫が潤沢だったからだ。それが前任のゲアハルト・シュレーダーが行った労働市場や社会保障改革のおかげだったかどうかは、議論の余地がある。しかし、メルケルが行政府の権力行使に対する監視をあまり受けずに済んだのは確かだ。税収が増えている限り、不満は出にくい。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

米石油・ガス掘削リグ稼働数、22年1月以来の低水準

ワールド

アングル:コロナの次は熱波、比で再びオンライン授業

ワールド

アングル:五輪前に取り締まり強化、人であふれかえる

ビジネス

訂正-米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 10

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中