最新記事

中央アジア

ユーラシア外交で日本は今こそ「脱亜」を目指せ

経済中心にとどまった安倍のユーラシア歴訪。脱中国の思想が今後の首脳外交のカギとなる

2015年11月11日(水)12時32分
楊海英(本誌コラムニスト)

脱亜の先駆 ユーラシアの英雄像に「アジア」の趣はない(カザフスタンの首都アスタナ) Shamil Zhumatov-REUTERS

 明治以降、日本で「アジア」というと、だいたい中国や朝鮮半島、東南アジアを指す。地理的に遠い東南アジアは別として、短刀のように日本列島腹部に突き付けられた感じの朝鮮半島、強烈な圧迫感を覚えさせる中国大陸と日本は対立するか、敬して遠ざかる時期が長かった。日本にとって「アジア」とは終始、地政学的に扱いにくい対象で、「脱亜入欧」は理想的な政治像として理解されてきた。

 モンゴル高原や中央ユーラシア諸国のアジア観も、日本と共通している。モンゴルの首都ウランバートルやカザフスタンの首都アスタナで「アジアうんぬん」と語ると、「それってどこのこと?」と嫌みを言われることもしばしばだ。モンゴル人やカザフ人など、ユーラシアの遊牧民は歴史的に自らをアジアの一員として位置付けはしない。彼らにとって「アジア」とは、万里の長城以南の農耕世界のこと。苛烈な専制主義体制を敷く中国と周りの朝貢国家群(朝鮮半島やベトナムなど)を指す。

「絹馬貿易」の焼き直し

 遊牧民は歴史的にインダス文明やペルシャ文明、イスラム文明の導入には熱心だったが、中国文明には興味を示さなかった。柔らかいシルクと香り豊かな茶葉といったモノを輸入しても、「アジア=中国」的な思想と価値観を受け入れることはなかった。ユーラシアの遊牧民は「脱亜の先駆」だったのだ。

 日本の安倍晋三首相は先月下旬、モンゴルと中央ユーラシアの5カ国を歴訪。訪問した先々でセールスマンの役を演じ、経済協力の強化を確認し合い、膨大な援助を約束して帰国した。経済をてこに「アジア=中国」を牽制する戦術もいいが、雄大な「ユーラシア外交」戦略を語るべきだったのではないか。

 例えば、モンゴルは今、鉄道建設をめぐる政治問題に揺れている。南部のタバントルゴイ炭鉱から中国国境まで石炭輸送用の鉄道を敷設する際、従来型の旧ソ連式1520ミリと中国式の1435ミリのうち、どちらのレール幅を採用するかという問題だ。中国式に統一すればスムーズに国境を通過できるが、鉄道は軍隊も運び込めるのでモンゴルにとってまさに国防問題でもある。

 中国は豊富な資金を武器にモンゴルの国会議員らを買収して中国式の採用を露骨に働き掛けているが、油断は禁物。鉄道敷設権の獲得はそのままユーラシア外交の橋(きょう)頭(とう)堡(ほ)の確保を意味するからだ。実際、見識ある政治家は従来型を守るため、日本の資金に期待を寄せている。

「欧米クラブ」のG8から締め出されたロシアのプーチン大統領は最近、旧ソ連圏の再統合をもくろんで「ユーラシア主義」という政治理念を頻繁に口にするようになった。「ロシアはヨーロッパではなく、ステップ(草原)の遊牧民の世界と文化を内包したユーラシア」という古い思想の焼き直しだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米4月雇用17.5万人増、予想以上に鈍化 失業率3

ビジネス

為替円安、行き過ぎた動きには「ならすこと必要」=鈴

ワールド

中国、月の裏側へ無人探査機 土壌など回収へ世界初の

ビジネス

ドル152円割れ、4月の米雇用統計が市場予想下回る
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 5

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 6

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    映画『オッペンハイマー』考察:核をもたらしたのち…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中