最新記事

ヘルス

医師が「空間除菌グッズは使うな」と警告する理由 気休めにしては危険すぎる

2021年5月17日(月)12時53分
名取 宏(内科医) *PRESIDENT Onlineからの転載

効果や安全性を厳密に検証していない空間除菌グッズ

新しい薬やワクチンの開発では、試験管内や動物実験で有望でも、実際に使ってみるとまるで効果がなかったり、害が大きかったりすることは、よくあります。

なので、必ず臨床試験で効果や安全性を確認します。空間除菌については建物内でインフルエンザ様疾患や児童の欠席を評価した研究はあるのはありますが、どちらも小規模で、臨床研究計画が事前登録されているかどうか論文に記載がなく、ランダム化もされていません(※3)。

これらの研究は10年以上前に発表され、結論部分で今後の検証が必要だと書かれています。もし私が空間除菌製剤を製造・販売するメーカーの責任者で、空間除菌に感染予防効果があると信じているとしたら、次はより質の高い研究を計画・実施します。具体的には臨床研究計画を公的な第三者機関に事前に登録し、ランダム化比較試験を行い、国際的な医学雑誌に発表します。

事前登録をする理由はインチキの防止です。事前登録なしの研究成果を発表しても、小規模な研究をたくさん行い、自社商品に都合の悪い結果が出た研究は発表せず、偶然でもよいから有意差が出た研究だけを選んで発表したと疑われます。

ランダム化の理由は介入群と対象群の背景の差によるバイアスを防ぐためです。インチキやバイアスの可能性を排除した質の高い研究で効果を証明できれば大手を振って効果を謳えますし、商品も売れて会社の利益にもなります。何よりも世界中の人たちを感染症から守ることができます。

(※3)三村敬司ほか、二酸化塩素放出薬のインフルエンザ様疾患に対する予防効果、日本環境感染学会誌/25巻(2010)5号 ※Norio Ogata and Takashi Shibata, Effect of chlorine dioxide gas of extremely low concentration on absenteeism of schoolchildren, International Journal of Medicine and Medical Sciences Vol. 1(7)pp. 288-289, July, 2009

効果がないだけでなく人体に有害な可能性も

一方、もし空間除菌の感染予防効果を信じていなければ、わざわざ金をかけてランダム化比較試験なんかやりません。効果がないことがヤブヘビでばれてしまうリスクすらあります。

これまで通り、「効果がありそう」という誤解を維持させ続けたまま「雑貨」で売り続けます。小規模な先行研究から10年以上経っていますが、私の知る限りでは、空間除菌の感染予防効果を検証するランダム化比較試験は発表されていませんし、計画すらされていません。

それでも感染を予防する可能性を否定できない以上、空間除菌をやることはやらないよりはましだと思う読者もいらっしゃるかもしれません。ただ、それは空間除菌に害がなければの話です。ウイルスに影響を及ぼすのに人体にはまったくの安全という化学物質は存在しません。

短時間で空気中のウイルスを不活化できる濃度の化学物質は、同時に人に有害である可能性があります。安全性を優先して濃度を薄くすると今度は効果が期待できません。販売されている商品がそれぞれの使用条件下で、ウイルスを不活化できるが人体に害のない適正な濃度を維持できるとは限りません。そもそもそんな適正な濃度があるのかどうかも疑問です。

咳や化学熱傷などの健康被害が続出している

空間除菌で使われている化学物質が、水道水の消毒や食物添加物として使用されているから安全であるかのような主張もありますが、論点がすり替わっています。

空間に散布・拡散され、気道の粘膜に触れても安全であるかどうかが論点です。作用場所が変われば人体に対する影響も変わります。たとえばアルコールによる手指消毒はおおむね安全ですが、それは皮膚が角質に守られているからで、空中に散布し吸い込めば有害です。

個人差も心配です。アルコールによる手指消毒はおおむね安全だと書きましたが、人によっては皮膚にトラブルが起きます。アルコール消毒なら個人が気をつけていれば避けられますが、空間除菌はそうはいきません。

99人には大丈夫である濃度でも残りの1人には有害かもしれません。臨床試験を経て承認された薬剤なら、有害事象の情報は集められますし、市販後も調査は続けられ、副作用の起きる頻度はだいたいわかります。しかし、「雑貨」にはそのような調査義務はありません。

メーカーが把握しているかどうかはともかくとして、空間除菌製剤による健康被害は起きています。咳、呼吸器、悪心のほか、重症度の高いものとして首からぶら下げるタイプの空間除菌製剤によって化学熱傷が起きたという事例が複数あります(※4)。

(※4)次亜塩素酸ナトリウムを含むとの表示がある「ウイルスプロテクター」をお持ちの方は直ちに使用を中止してください。(消費者庁)
今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

トムソン・ロイター、第1四半期は予想上回る増収 A

ワールド

韓国、在外公館のテロ警戒レベル引き上げ 北朝鮮が攻

ビジネス

香港GDP、第1四半期は+2.7% 金融引き締め長

ビジネス

豪2位の年金基金、発電用石炭投資を縮小へ ネットゼ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中