コラム

戦時下ベルリンに潜伏し、生き延びた人々の史実を描く『ヒトラーを欺いた黄色い星』

2018年07月27日(金)18時00分

ポムゼルがゲッベルスの秘書として働いていたのは、1942年から終戦までの3年間で、ユダヤ人の潜伏の時期と重なる。だから、対極といってもいい立場から、戦争と迫害がどう見えていたのかがわかる。

『ゲッベルスと私』のポムゼルの独白で印象に残るのは、自分のことを語っているにもかかわらず、「私」ではなく「私たち」という表現が目立つことだ。

「当時は国中がガラスのドームに閉じ込められたようだった。私たち自身が巨大な強制収容所にいたのよ」

「(強制収容所の実態やユダヤ人の運命について)私たちは何も知らなかった。とうとう最後まで」

「私に罪があったとは思わない。ただし、ドイツ国民全員に罪があるとするなら話は別よ。結果的にドイツ国民はあの政府が権力を握ることに加担してしまった。そうしたのは国民全員よ。もちろん私もその一人だわ」

現実を見失わずにいたドイツ人も

oba0727b.jpg『ヒトラーを欺いた黄色い星』(c)2016 LOOK! Filmproduktion / CINE PLUS Filmproduktion

このコラムで『顔のないヒトラーたち』や『帰ってきたヒトラー』を取り上げたときに書いたように、戦後のドイツ人は、ヒトラーという悪魔と、悪魔に利用された人の良いドイツ人の間に一線を引くことで過去を清算しようとした。彼女もそんなドイツ人の一人といえる。

映画の原題である「あるドイツ人の人生(A German Life)」もそれを示唆している。これに対して『ヒトラーを欺いた黄色い星』からは、想像力が欠如し、現実を見失ったポムゼルとは異なるドイツ人の姿が浮かび上がってくる。

隠れ家を失い、孤独に苛まれていたハンニは、映画館の窓口係の女性に救われる。映画館の常連客で、自分の息子が出征する前に関心を寄せていた娘から、突然、真実を告げられた彼女は、ハンニを自宅に匿い、やがて母子のような絆を培っていく。ドイツ国防軍の大佐は、メイドとして彼の邸宅にやって来たルートとエレンがユダヤ人であることに気づきながら、彼女たちに仕事を与える。そして、邸宅で将校たちのパーティが開かれても、平然としている。

彼らがどんな思いで行動に出るのかは想像するしかないが、咄嗟の判断で個人として現実と向き合う道を選んでいるように見える。

『密告者ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』

その一方で、この映画は、現実を見失うユダヤ人も描き出している。それが、ブロンドの髪と青い瞳をもつ美貌のユダヤ人シュテラ・ゴールドシュラグだ。彼女は、潜伏したもののゲシュタポに捕らえられ、拷問を受け、両親の収容所移送を免れるために密告者となった。そして、ベルリンに潜伏するユダヤ人を容赦なく死に追いやっていった。

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

引き続き為替動向を注視、万全な対応取る=鈴木財務相

ビジネス

米金融機関ボーナス、今年は大幅増へ=リポート

ビジネス

日経平均は反落で寄り付く、利益確定売り優勢 

ビジネス

中国、豚内臓肉などの輸入で仏と合意 鳥インフル巡る
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    デモを強制排除した米名門コロンビア大学の無分別...…

  • 6

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グ…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    中国軍機がオーストラリア軍ヘリを妨害 豪国防相「…

  • 10

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表.…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 3

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 4

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 7

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 8

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story