コラム

戦時下ベルリンに潜伏し、生き延びた人々の史実を描く『ヒトラーを欺いた黄色い星』

2018年07月27日(金)18時00分

映画ではそのシュテラが、ふたりの主人公と接触する。まず、戦争未亡人を装うルートとエレンとすれ違ったときに、彼女たちが知人であることを見抜き、エレンの名を呼ぶ。彼女たちはその声に反応することなく、歩み去る。それから今度は、ツィオマがカフェで彼女に出会う。学生の頃からシュテラに憧れていた彼は、驚くことに彼女を自分の隠れ家に誘おうとする。

シュテラが登場する場面は長くはないので、映画を観ただけではそれほど印象に残らないかもしれない。実はシュテラについては、彼女の同級生だったピーター・ワイデンがその悲劇的な人生に迫った『密告者ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』が出版されている(本書では彼女の名前が、ステラ・ゴルトシュラークと表記されている)。

なぜここでそんなノンフィクションに触れるのかといえば、本書では、シュテラの人生だけでなく、当時のベルリンの日常や生き残ったユダヤ人たちの体験などが詳細に綴られ、この映画の格好の副読本になっているからだ。

ユダヤ人のなかには、それぞれにシュテラと出会ったことをきっかけに、自身の立場を見直し、国を出る決意をして、近隣の中立国スイスに逃れることで生き延びたふたりの男性もいた。同じようにシュテラに出会い、最終的に終戦を待たずにスイスに逃れるツィオマの体験も、彼らに重なる部分が少なくない。

本書を読んでいると、4人の物語の背景に1500もの物語があることを意識し、想像することができる。

《参照/引用文献》
『密告者ステラ ヒトラーにユダヤ人同胞を売った女』ピーター・ワイデン 小松はるの・米澤美雪訳(原書房、2010年)


公開:7/28(土)、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開
(c)2016 LOOK! Filmproduktion / CINE PLUS Filmproduktion

プロフィール

大場正明

評論家。
1957年、神奈川県生まれ。中央大学法学部卒。「CDジャーナル」、「宝島」、「キネマ旬報」などに寄稿。「週刊朝日」の映画星取表を担当中。著書・編著書は『サバービアの憂鬱——アメリカン・ファミリーの光と影』(東京書籍)、『CineLesson15 アメリカ映画主義』(フィルムアート社)、『90年代アメリカ映画100』(芸術新聞社)など。趣味は登山、温泉・霊場巡り、写真。
ホームページ/ブログは、“crisscross”“楽土慢遊”“Into the Wild 2.0”

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story