コラム

研究者の死後、蔵書はどう処分されるのか

2019年07月10日(水)11時45分

本は金を食う、場所を食う、まずは壁を、つぎに床を

研究者にかぎらず、また有名無名にかぎらず、世にビブリオマニアは数多存在するが、彼らの蔵書が死後、きちんと保管されるケースはかぎられており、その末路は往々にして寂しいものである。西暦9世紀に活躍した有名なアラブの文人、ジャーヒズは、書斎に積み上げられていた本が倒れてきて、それに押しつぶされて死んだという。本に埋もれて死ぬなんて、マニアの鑑のような死にかただが、あとに残された人からみれば大迷惑である。

マニア本人は喜んで収集したのだろうが、それはかならずしも家族に理解されているわけではない。理解どころか、むしろ邪魔なだけだろう。私の先生の先生にあたる、ビブリオマニアとしても知られていた中東研究の先達が亡くなられたとき、奥さまが弟子(つまり私の先生)に向かって「本には恨みがある」とおっしゃったというのを聞いたことがある。

そりゃそうだ。本はとにかく金を食う。それに買うたびに、場所を食う。まずは壁を占領し、つぎに床を侵食しはじめる。そうなったら、末期である。その先生の蔵書は幸い、大学に引き取られたが、大半の場合、マニアや研究者本人が死んだ途端、その蔵書は古本屋行き、ひどい場合は廃品回収であろう。

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筆者の自宅廊下の本棚(筆者提供)

本当に必要としている研究者に継承される可能性は低いが

専門書を高価で買い取ってくれる業者もそれなりにあるが、それを宣伝しているウェブページをみると、実例としてあげてあるのはほとんど医学・理工系の専門書や教科書ばかりだ。ときおり、ブックオフなどでも不釣合いな専門書がずらりと並んでいることがあるらしいが(たとえば、以下のツイート)、それぞれの本がその価値にふさわしい価格で買い取られ、売られているかどうかははなはだ疑問である。

人文系の場合、多くは二束三文、キロいくらではなかろうか。こうなってしまうと、これらの本が、本当に必要としている研究者に継承される可能性は低いといわざるをえない。

個人的には、こうした個人蔵書、とくに研究者の蔵書がうまいぐあいに、機関であれ、個人であれ、それを必要としているところに無料、あるいは安価に、そして遺族や家族に負担をかけないかたちで受け継がれていくシステムができないものかと考えている。

私自身はけっしてビブリオマニアではないが、それでも数千冊、あるいはそれ以上の蔵書がある。そろそろ隠居する年齢でもあるので、自分自身の身の振りかたとともに、蔵書の行方も考えておかねばならない。両方受け入れてくれるところがあればいいのだが、せめて蔵書ぐらいは何とかしておきたい。今、職場においてある本を自宅に送りかえすなど、考えただけで、頭痛がしてくる。幸い妻は図書館に勤務しているので、ほかの人と比較して本には理解があるはずだ。だからこそ、よけいに夫の本には恨みがあるとだけはいわれないようにしておきたいものである。

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プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

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