コラム

中国建国70周年の祝賀パレードに登場した、チベット活仏を「俗人化」させた娘

2019年10月17日(木)17時30分

パンチェン・ラマ10世を供養するアブシ・パン・リンジンワンモ BENJAMIN KANG LIM-REUTERS

<「ナンバー2」故パンチェン・ラマ10世の数奇な生涯と、ダライ・ラマ継承をめぐる中国の思惑>

10月1日に中国・北京の天安門広場で繰り広げられた建国70周年を祝う閲兵式の後、市民らが参加した官製パレードがメインストリートの長安街で行われたが、その1シーンが世界のチベット仏教徒たちに衝撃を与えた。「中華民族の偉大な復興」を謳歌する行列の中に建国の功労者とその家族を乗せた山車があり、その上で30代の女性が故パンチェン・ラマ10世の写真を掲げて手を振っていたのだ。

女性の名はアブシ・パン・リンジンワンモ。パンチェン・ラマ10世の娘である。チベット仏教徒から「不義の子」に当たる、としばしば批判されてきた存在だ。そのような彼女がなぜ「偉大な中華民族」を代表する一員に選ばれたのか。それには以下のような現代史のドラマがある。

パンチェン・ラマはダライ・ラマ法王と並ぶ政教一致チベットの指導者である。最高権威のダライ・ラマに対し、パンチェン・ラマはナンバー2の役割を果たしてきた。

パンチェン・ラマ10世は1938年にアムド地方(現青海省)に生まれ、1949年に9世の生まれ変わりとして時の中華民国政府に認定された。しかし、ダライ・ラマ側は正統として認定せず、パンチェン・ラマはずっと青海地方に暮らしていた。

毛沢東の中華人民共和国が成立し、人民解放軍がチベットの首都ラサを占領した後の1952年4月、パンチェン・ラマはチベット入り。共産党の主導下でダライ・ラマ14世と握手した。しかし1959年のチベット蜂起後、ダライ・ラマはインドに亡命し、パンチェン・ラマはダライ・ラマに追随せずに中国と共生する道を選んだ。

「欲望の塊である俗人」に

「解放」された後のチベットでパンチェン・ラマが目撃したのは、ジェノサイド(集団虐殺)の爪痕だった。チベット亡命政府の発表で120万人、中国政府の公式見解でも30万人弱が「殲滅」された。パンチェン・ラマは「敬愛する周恩来総理に報告する」と題するレポート(7万字の覚書ともいわれる)を共産党中央に提出し、チベット蜂起の過酷な弾圧を批判した。

しかしこの報告は反革命的とされ、文化大革命が始まると、彼は造反派の前に引っ張り出され、人糞を食わされる暴力にさらされた。1968年に投獄され、それ以降10年間を刑務所で送ることになる。

1978年に釈放された後、共産党はパンチェン・ラマを中国人女性と結婚させ、1983年に女児が生まれた。彼をチベット仏教の活仏という神聖な法座から単なる「欲望の塊である俗人」に引き降ろす手段だった。高潔な活仏ではなく、一児の父親という俗人になったパンチェン・ラマに、チベット仏教徒たちは失望した。

プロフィール

楊海英

(Yang Hai-ying)静岡大学教授。モンゴル名オーノス・チョクト(日本名は大野旭)。南モンゴル(中国内モンゴル自治州)出身。編著に『フロンティアと国際社会の中国文化大革命』など <筆者の過去記事一覧はこちら

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ペトロブラス、CEO交代で株価急落 政治介入拡大懸

ビジネス

ディズニー、従来型テレビネットワーク向け投資大幅削

ワールド

イスラエル国防相、ガザ戦後統治で首相に異議 軍事支

ビジネス

米アマゾン、40年まで独で84.4億ドル投資 欧州
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 5

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇…

  • 9

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 10

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story