コラム

フランスに「極右」の大統領が誕生する日

2017年03月13日(月)16時15分

その要因は、マリーヌとその仲間たちが進めてきた党のソフト化、「普通の政党」化、いわゆる「脱悪魔化」の成功にある。彼女たちは、かつての父親の世代の党員とは違い、リベラルで個人主義的な家族政策、個人の権利や自由、特に女性の権利を擁護する。事実婚はもとより、性的マイノリティや中絶に対しても寛容な姿勢を示す。

マリーヌ自身、2回の離婚歴を持ち、政治集会にはジーンズ姿で現れるなど、活発で現代的な女性のイメージを体現する。そこには、かつての不寛容な極右政党のイメージはほとんどない。ネオファシスト的なスキンヘッドの姿を国民戦線の集会で見かけることも今やほとんどない。また、イスラム系移民のフランス社会への統合を受け入れる条件として、政教分離主義(ライシテ)という共和国原理を持ち出すなど、共和主義との和解の姿勢も示している。

その一方で、保護主義と反グローバル化、自国(民)優先を鮮明にし、グローバル化や欧州統合に取り残され、忘れ去られたと感じている人々の心をがっちりとつかむことに成功した。そうしたフランス人にとって、グローバル化とEUと新自由主義はほぼ同義語であって、移民問題と治安問題とテロも同様である。しかも、両者は根元でつながっている。その間にある悪循環を断ち切ってくれるのは、ルペンしかいない。

ルペンは、EUや移民を標的と定め、諸悪の根源として痛烈に批判する論理を巧みに展開する。移民問題では、正規移民制限、不法移民強制送還、出生地主義による国籍付与見直し、外国人労働者の雇用への追加課税、などを公約として打ち出し、国境規制の強化(シェンゲン協定の廃止)や治安の強化などでも強硬な姿勢を示している。

そうした単純な発想に異を唱え、眉を顰めるフランス国民も多い。しかし、その非を諭す人々の声に対して、聴く耳を持たなくなった人々が一方で増大してきているということが問題なのだ。既成政党やエリートに対する、大衆の不信はそれほど根深い。そうした大衆の声を代弁するポピュリスト政党として、マリーヌ・ルペンの国民戦線は、もはや単なる「極右」政党の域を脱するところまで成長している。

「防波堤」を超えて

それでは、そうした大衆の不信や不満の声によって、かれらの救世主であるルペンが大統領になる日がくるのだろうか。

最近の世論調査の結果では軒並み、ルペンが支持率トップを誇っている。このまま行けば、5月7日にはルペンが大統領に選出されかねない勢いであるが、現在のフランス第5共和政の仕組みの中には、ルペンのような急進的な人物を大統領にしないための「防波堤」が用意されている。それは、大統領選挙における2回投票制、すなわち、第1回目の投票で1位と2位の候補が第2回投票に進み、その決選投票で勝った方が大統領に当選するという仕組みのことだ。

フランスの伝統的な左右対立の政治構造のもとでは、左派と右派の候補が一人ずつ決選投票に残り、雌雄を決するという形になりやすい。その場合、左派も右派も中道派や無党派の支持を取り込もうとすることで穏健化の方向への力学が働き、急進派の勢力は弱められる。

左派であれ右派であれ急進的な勢力は、第1回投票で2位以内に入らない限り、こうした政治力学の働きにより、自ずから排除される仕組みになっているのだ。1960年代から1970年代にかけてほぼ一貫して20%以上の支持率を誇っていた共産党が結局大統領を一人も輩出できず、凋落の一途を辿ったのは、この仕掛けにはめられたから、といっても過言ではない。

プロフィール

山田文比古

名古屋外国語大学教授。専門は、フランス政治外交論、現代外交論。30年近くに及ぶ外務省勤務を経て、2008年より東京外国語大学教授、2019年より現職。外務省では長くフランスとヨーロッパを担当(欧州局西欧第一課長、在フランス大使館公使など)。主著に、『フランスの外交力』(集英社新書、2005年)、『外交とは何か』(法律文化社、2015年)など。

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