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ドイツ妄信の罠

日本が「普通の国」を目指すのは正しい 間違っているのはプロセスだ

THE GERMAN-JAPANESE GAP

2020年11月1日(日)17時04分
イアン・ブルマ(作家・ジャーナリスト)

日本人が過去と向き合うことが難しい理由は、メンツを重んじる文化と関係があるのではないか。日本人は恥の意識こそあっても、罪の意識を持てないからではないか。あるいは、日本人の精神に武士道が深く根付いているため、軍国主義に傾きやすいのではないか。

これらの説は全てナンセンスと言うほかない。この問題と日本の文化は明らかに無関係だ。実際、第2次大戦後の数十年間、まだドイツ人がナチス時代についてほぼ沈黙していた頃、日本では早くも戦時中の罪に正面から向き合った映画や小説が多く作られていた。小林正樹監督の映画『人間の條件』はその1つだ。

戦後の早い時期、日本とドイツの状況は多くの点でよく似ていた。両国ともアメリカの支援を受けて、経済を再建することに専念した。日本と西ドイツ(当時)の目覚ましい経済発展は、冷戦時に自由主義陣営が共産主義陣営に対抗するための砦として両国を生まれ変わらせることを目的にしていた。

産業の発展に専念することには、ほかの効果もあった。それぞれの国内で第2次大戦に関する政治的緊張を和らげる効果もあったのだ。ドイツ人も日本人も、経済成長に夢中になるなかで、暗い歴史を頭の外に追いやることができた。

国民的な合意形成が困難な理由

しかし、いま両国の置かれている立場には違いがある。ドイツがナチス時代の歴史を理由に厳しい視線にさらされることは多くないが、日本はいまだに近隣諸国から批判的な目で見られている。

日本とドイツの違いは文化の違いでは説明できない。まず、日本がアジアで行った戦争とドイツがヨーロッパで行った戦争には重要な違いがある。

ヒトラーの軍隊は独立した国々に侵攻したが、旧日本軍が41年以降に侵攻したのは欧米列強の植民地支配下に置かれた国々だ。ただし中国への侵攻、つまり31 年に始まった満州事変と37年に始まった日中戦争は「アジア解放の戦い」として正当化することはできないし、旧日本軍が中国で行った残虐行為は弁解の余地がない。

とはいえ、それはナチスのホロコースト(ユダヤ人大虐殺)とは同列に論じられない。ゆがんだ思想から特定民族の根絶を目指す組織的な国家計画は存在しなかったからだ。中国など近隣諸国の人々に対する日本人の見方は差別的だったにせよ、大量虐殺計画があったわけではない。

また日本はヒトラーのような独裁者や、ナチスのような犯罪的な政党の支配下にはなかった。戦争中も戦前と地続きの制度や官僚機構があり、天皇制も維持されていた。

こうした事情があるため、日本は歴史問題で国民的な合意を形成しにくい。西ドイツと東ドイツの見解には多くの相違があったが、ヒトラーの第三帝国は唾棄すべき体制であり、その復活は断じて許せないという認識では一致していた。また大半のドイツ人がホロコーストの実態を認めたのは60年代になってからだが、その醜悪な本質からしてナチスの支配を正当化することは不可能だった。

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