最新記事

中印関係

中印衝突の舞台は海上へ 中国の野心に巻き込まれるタイに「分断」の危機?

The Next Front in the India-China Conflict

2020年9月9日(水)19時30分
サルバトーレ・バポネス(シドニー大学准教授)

中国の包囲網を破るためインドは海軍の増強を図っている AP/AFLO

<邁進する一帯一路構想でシーレーンが焦点に──中国から運河建設を迫られるタイのジレンマ>

太平洋における米中の新冷戦は、ひとまず脇に置こう。インドと中国の間では既に、はるかに熱い戦争が始まっている。今年6月にはヒマラヤ地方の係争地域で両国軍が衝突し、少なくとも20人が死亡した。

海上では、中国がインド洋の主要航路沿いに軍事基地や商業の拠点を確保する「真珠の首飾り」構想で、インドを包囲しようとしている。

インド洋、ひいてはインドの支配をうかがう中国の戦略にとって、最大の脆弱性はマラッカ海峡だ。シンガポールとスマトラを隔てるこの狭い海路は中国の海上貿易の生命線であり、海軍が南アジアに展開する主要な航路でもあり、さらに西へと覇権を拡大する入り口になる。

中国としては、インドとの対立と、アフリカや中東、地中海、さらにその先を目指す戦略的野心を考えれば、敵対する可能性のある国々の間を航行する海峡への依存は、なるべく弱めておきたい。

そこで、陸路と海路でアジアとヨーロッパを結ぶ経済圏構想「一帯一路」だ。その一環として、タイ南部のクラ地峡を拡張して運河を建設し、中国からインド洋に通じる第2の海路を開こうとしている。

この長大なタイ運河(クラ運河)が完成すれば、中国海軍は南に1100キロ以上迂回してマラッカ海峡を通過する必要がなくなり、南シナ海とインド洋に新たに建設した基地の間で船舶を迅速に移動させることができる。

つまり、中国にとって、タイ運河は極めて重要な戦略的資産となる。タイとしては、最大300億ドル規模の中国の運河建設を認めれば、「首飾り」に永遠につながれることになるかもしれない。

長年にわたり物議を醸してきた運河の構想は、タイの政治エリートの間で支持を広げつつあり、今月中に議会の特別委員会が提言をまとめる。批判的な立場を貫いてきたバンコク・ポスト紙も、社説で支持をにじませた。

タイにおける中国の工作が、世論の形成に一役買っている面もあるようだ。さらに、2014年5月の軍事クーデターを同盟国のアメリカが認めなかった後、タイは中国寄りに強く傾いている。

タイ運河の建設は、インドを包囲したい中国のもくろみにも合致する。中国海軍は近年、積極的に西へ西へと進出しており、ベンガル湾とインド洋に食い込み、東アフリカのジブチに「物流拠点」と称する軍事基地を設置した。さらにミャンマー、バングラデシュ、パキスタン、イラン、そしてロシアとも軍事演習を行っている。

【関連記事】中印衝突で燃えるインドの反中世論
【関連記事】核弾頭計470発、反目し合う中国とインドを待つ最悪のシナリオ

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米中外相会談、ロシア支援に米懸念表明 マイナス要因

ビジネス

米PCE価格指数、3月前月比+0.3%・前年比+2

ワールド

ベトナム国会議長、「違反行為」で辞任 国家主席解任

ビジネス

ANAHD、今期18%の営業減益予想 売上高は過去
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 6

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 7

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 8

    アカデミー賞監督の「英語スピーチ格差」を考える

  • 9

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中