最新記事

中東和平

トランプの中東和平案は、イスラエル占領を既成事実化する「トロイの木馬」

Trump’s Trojan-Horse Peace Plan

2020年2月7日(金)19時30分
カリド・エルギンディ(中東問題研究所上級フェロー)

さまざまな利害が一致するトランプ(左)とネタニヤフ RONEN ZVULUN-REUTERS

<「2国家共存」はうわべだけ──目的は和平ではなく、イスラエルの極右が望む占領と入植の既成事実化だ>

「トロイの木馬」は実に狡猾なマルウエアだ。その名の由来であるギリシャ神話のトロイアの木馬のように真の狙いを隠し、「受け入れれば得しますよ」とユーザーをだまして悪辣な目的を遂げる。

1月28日に発表されたドナルド・トランプ米大統領の中東和平案もこれとそっくりだ。

独自の和平案を提示して交渉を仲介すると言いつつ2年近くもずるずる先延ばしにしてきたトランプ。ホワイトハウスで行われた仰々しい発表セレモニーでは、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相が満面の笑みをたたえてその横に立っていた。

パレスチナの代表はこの場には招かれなかった。トランプが「世紀の取引」と自画自賛したところで、彼らがこの案を受け入れるはずがない。トランプがエルサレムをイスラエルの首都と承認した2017年12月時点でトランプ政権の仲介による和平交渉には参加しないと表明済みだ。

一見するとトランプ案は理にかなった提案に見えなくもない。イスラエルとパレスチナの長年の紛争を終結させる「現実的な2国家の解決策」を語り、パレスチナに過去最高の500億ドルの投資を約束。おまけに「パレスチナの首都」と「エルサレム」という2つの言葉が同じセンテンスに出てくるから、うっかりするとだまされかねない。

だが薄っぺらな化粧板を剝がすと、はるかに陰険な意図が見えてくる。真の2国家共存の解決を葬り去り、イスラエルによる占領を既成事実化する、という意図だ。

トランプ案は信頼できる外交上のイニシアチブに見せ掛けた政治的マルウエアにほかならない。目的は和平ではなく現状の固定化。「双方の歩み寄り」による和平と言いつつ、重要な争点はほぼ全てイスラエルの極右の要求どおりの内容になっている。エルサレムをイスラエルの「不可分の首都」とし、占領地を併合し、パレスチナ難民の帰還を認めないなどだ。

「パレスチナ国家」の嘘

そもそもイスラエルの占領についてはひとことも触れていない。国際社会では東エルサレムやヨルダン川西岸は第3次中東戦争でイスラエルが占領した地域と見なされ、占領地での入植は違法とされている。だが発表時にホワイトハウスで行った演説でネタニヤフは、こうした見方を「大きな嘘」だと嘲笑してみせた。

トランプ案が現状に加える変更はほとんどお飾り的なものにすぎず、パレスチナ側が重視している問題──東エルサレムからのイスラエル軍の撤退やパレスチナ難民の帰還、主権の確立などは全て交渉の対象から外されている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:コロナの次は熱波、比で再びオンライン授業

ワールド

アングル:五輪前に取り締まり強化、人であふれかえる

ビジネス

訂正-米金利先物、9月利下げ確率約78%に上昇 雇

ワールド

ゴア元副大統領や女優ミシェル・ヨー氏ら受賞、米大統
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 7

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 8

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中