最新記事

国際政治

ドイツがリベラルな国際秩序の「嫌々ながらの」リーダーである理由

2018年8月11日(土)11時45分
板橋拓己(成蹊大学法学部教授)※アステイオン88より転載

おわりに

たしかに「ヨーロッパ」は、ドイツにとって、アメリカに代わりうる枠組みを提供するように見える。しかしながらEU自体、ユーロ危機以来の危機の連続のなかで、その能力不足や内部分裂を露呈させている。そしてドイツがEUでリーダーシップをとろうにも、いまや多くのEU加盟国にとって、ドイツは解決というよりは問題の一部と見なされている。ユーロ危機対応以外でも、たとえば二〇一五年にメルケル首相が貫徹した寛容な難民受け入れ政策は、人道的観点からは評価できるものの、その一方的なイニシアティブから他のEU加盟国の反発を呼んだ。加えて、ハンガリーやポーランドにおける反リベラルで欧州懐疑的な政権の存在は、EU内でのドイツのリーダーシップをより難しいものにしている。

現在のドイツ外交を苦しめているのは、これまで依拠してきた「西側」の二本柱、すなわちアメリカとヨーロッパの双方が、いまや揺らいでしまったことである。もちろん、こうした状況はまったく新しいものというわけではない。むしろ、アメリカとヨーロッパの利害が分岐したとき、ドイツ国内ではつねに「大西洋主義」と「ヨーロッパ主義」との対立が生じた(たとえば一九六〇年代の「大西洋主義」路線と「ド・ゴール」路線の争いなど)。しかし現在の状況は、かつてないほどドイツ自身の主体性、あるいはリーダーシップが問われているという点で新しい。

いまドイツ外交は、第二次世界大戦後、最も大きな知的・戦略的な挑戦と向き合っているのかもしれない。


[注]
(11)本節につき、詳しくは拙稿「EUとドイツ」西田慎・近藤正基(編)『現代ドイツ政治』(ミネルヴァ書房、二〇一四年)を参照。
(12)Timothy Garton Ash, "The New German Question," The New York Review of Books, Aug. 15, 2013.
(13)Herfried Münkler, Macht in der Mitte, Körber-Stiftung, 2015.

板橋拓己(Takumi Itabashi)
1978年生まれ。北海道大学大学院法学研究科博士後期課程修了。博士(法学)。専攻は国際政治史、ヨーロッパ政治史。主な著書に『中欧の模索――ドイツ・ナショナリズムの一系譜』(創文社)、『アデナウアー――現代ドイツを創った政治家』(中公新書)、『黒いヨーロッパ――ドイツにおけるキリスト教保守派の「西洋(アーベントラント)」主義、1925~1965年』(吉田書店)、『国際政治史――主権国家体系のあゆみ』(共著、有斐閣)など。

当記事は「アステイオン88」からの転載記事です。
asteionlogo200.jpg



アステイオン88
 特集「リベラルな国際秩序の終わり?」
 公益財団法人サントリー文化財団
 アステイオン編集委員会 編
 CCCメディアハウス

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 4

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、…

  • 5

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 9

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 10

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中