最新記事

中国社会

一般市民まで脅し合う、不信に満ちた中国の脅迫社会

2017年2月18日(土)10時15分
ジェームズ・パーマー

恋愛関係においても過去の情報をネタに脅される危険が Asia Images/GETTY IMAGES

<キャリアつぶしから元恋人への嫌がらせまで、諜報機関だけでなく一般市民までもが脅し合う>

「ロシアには美女を集めて男の誘惑術を教え込むセックス・キャンプがある。うちの国にもあればいいのに」。そう愚痴ったのは中国国家安全省の某職員。宴も半ばで、彼はしこたま酔っていた。

「俺たちは嫌われ者だ。国を守ってやってるのにな」と自虐的なせりふをもらすかと思えば、同席の女性たちに誘いをかけては断られてもいた(そんな女性の1人を守るために、筆者は宴席に連なっていた)。

彼の不満は(正当化はできないが)分かる気がする。国家安全省は国内外に目を光らす諜報機関だが、旧ソ連のKGBほどの地位にも栄光にも浴したことがない。中国の情報機関は文化大革命の時代に「知り過ぎたエリート集団」として糾弾され、壊滅的な打撃を受けた。対するKGBとその後継機関の連邦保安局(FSB)は、一貫して権力中枢に寄り添ってきた。そして狙った相手の弱みを握り、脅して自分たちに協力させる匠(たくみ)の技を磨き上げた。

一部の報道によれば、ロシアはドナルド・トランプ米大統領についても既に弱みを握っているらしい。モスクワの高級ホテルに複数の娼婦を呼んで、ベッドの上に放尿させた証拠のテープがあるのだとか。

しかし、中国のスパイも侮れない。ロシアのような「プロの美人局(つつもたせ)」を使ったことはなくても、代わりに素人の女性を巧みに利用している。

ホテルの部屋は盗聴されていると思え、バーで妙に積極的に言い寄ってくる女性には注意しろ。外国から来たビジネスマンや外交官は、みんなそういう注意を受ける。微妙な立場にある外国人と関係を持とうという中国人女性は、国家安全省に協力させられている場合が多い。

ただし、大抵の場合、それで相手の弱みを握ろうという意図はない。北京のフォーシーズンズホテル(アメリカの要人がよく利用し「中国で最も盗聴されているホテル」として知られる)で録音された何時間にも及ぶ退屈な盗聴テープに耳を傾ける諜報当局者たちのお目当ては、彼らの性的行為ではなく、むしろビジネスに関する会話である可能性が高い。

【参考記事】トランプとロシアの「疑惑文書」を書いた英元情報部員の正体

権力闘争に利用される

筆者の知る限りでは、諜報当局の狙いは「不道徳な」肉体関係をネタに外国人を脅迫することではなく、経済的あるいは戦略的な面で役立つ情報を得ることのようだ。

また中国では、外国に対する関心よりも、国内での競争に対する関心のほうがはるかに強い。中国の多くの当局者にとって、真の敵はアメリカではなく「隣の部屋にいる人物」だ。米中の地政学的な競争など、ライバルの地位を奪うチャンスに比べれば小さなものなのだ。

もちろん、中国の党や政府のトップにいる人たちはアメリカとの競争を強く意識している。しかし、少しでも下の地位となると、そこでは組織内の昇進競争や党派政治のほうがはるかに重い意味を持つ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

北朝鮮の衛星打ち上げ、失敗の可能性含め詳細は日米韓

ワールド

北朝鮮が弾道ミサイル技術で衛星打ち上げ、黄海上空で

ワールド

北朝鮮のミサイル、発射失敗か 日本政府は避難の呼び

ワールド

北朝鮮、日中韓首脳宣言に反発 非核化議論「主権侵害
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 2

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 5

    カミラ王妃が「メーガン妃の結婚」について語ったこ…

  • 6

    エリザベス女王が「誰にも言えなかった」...メーガン…

  • 7

    台湾を威嚇する中国になぜかべったり、国民党は共産…

  • 8

    トランプ&米共和党、「捕まえて殺す」流儀への謎の執…

  • 9

    胸も脚も、こんなに出して大丈夫? サウジアラビアの…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 5

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 6

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

  • 7

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 8

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 9

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 10

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中