最新記事

法からのぞく日本社会

もしも自動運転車が事故を起こしたら......こんなにも複雑!

2016年9月20日(火)15時40分
長嶺超輝(ライター)

 いずれにしても、「者」という言葉の中に人工知能が含まれるとは考えにくい。自動運転のシステム自体に対して安全運転義務(道路交通法70条)などの遵守義務を課すことはできないだろうし、故障によってスピード違反や一時停止違反などが発生しても、警察が反則金を課すわけにいかない。損害賠償の支払いを命じたり、過失運転致死傷の罪を負わせたりすることも想定しがたい。

 もっとも、人工知能に対し、仮に「法人」として法律上の人格(権利や義務の主体となりうる立場)を与えることが可能なら、人工知能に交通事故の法的責任を負わせたり、自動車保険に加入する当事者の立場を認めたりすることができそうだ。

 ただ、「人工知能はお金を所持できるか、支払えるのか、銀行口座を持てるのか」「そもそも人工知能に基本的人権を認めるかどうか」などといった、ややこしい議論の深みに嵌まるおそれがある。いったん、人工知能に法人格はないという前提で考えたい。

 完全自動運転車が交通事故を起こしたとき、現実的に考えうるのは、自動車メーカーの責任を問うことである。他の車や歩行者などに危害を及ぼしても、その自動運転車の中にいた人がケガをしても、いずれにせよ製造物責任が発生しうる。


◆製造物責任法〔PL法〕 第3条(製造物責任)
 製造業者等は、その製造、加工、輸入又は〔中略〕氏名等の表示をした製造物であって、その引き渡したものの欠陥により他人の生命、身体又は財産を侵害したときは、これによって生じた損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が当該製造物についてのみ生じたときは、この限りでない。

 つまり、交通事故に備えて自動車保険に入るのは、車のユーザーではなく自動車メーカーとなる。保険の仕組みは一部転換を迫られるだろうし、メーカーが負担する保険料のぶんは、車両の販売価格に上乗せされると考えられる。

事故を起こしても、車両に欠陥があるとは限らない

 ただ、完全自動運転車が事故を起こしたとして、必ずしもその車両に欠陥があるとは限らない。これからは、他の車両ともインターネットで繋がり、無線で連携しながら道路交通が行われることになるためだ。また、道路上にはITS(高度道路交通システム)が設置されており、近い将来には国土の至るところに張り巡らされる。ITSは近未来の道路交通に欠かせないインフラとなる。自動運転車は、ITSとリアルタイムの交通情報を常にやりとりすることで、運転の精度や安全性の向上を図っていく。

 もしも、道路上のITSに異常があったために交通事故が起きたとすれば、それは国や地方自治体の営造物責任(国家賠償法2条1項)が問われうるし、一部の有料道路など、民間企業が管理する道路、あるいは個人の私道のITSが原因であれば、土地工作物責任(民法717条)の問題となる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

バイデン大統領、31万人に学生ローン免除 美術学校

ワールド

米名門UCLAでパレスチナ支持派と親イスラエル派衝

ビジネス

英シェル、中国の電力市場から撤退 高収益事業に注力

ワールド

中国大型連休、根強い節約志向 初日は移動急増
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中