最新記事

中国

世紀の薄煕来裁判は習の失敗?

2013年9月20日(金)17時13分
長岡義博(本誌記者)

 遼寧省長を務めていた02年当時、大連市に支払われた工事資金500万元(約8000万円)を着服したとされる横領罪についても、カネが入金されたのは薄本人ではなく妻の口座だった。職権乱用罪は、米総領事館に駆け込んだ側近の王立軍(ワン・リーチュン)を、重慶市公安局長職から中央の許可なく解任したことが違法だとされた。どれも薄を「汚職まみれの極悪政治家」と断じるには根拠薄弱だ。

 おまけに、裁判で薄は側近の王が自分の妻の谷にひそかに恋心を寄せ手紙で告白していたことまで明らかにした。薄が起訴事実と直接関係のないエピソードをわざわざ持ち出したのは国民の同情を買うためだろう。

 昼のメロドラマのようなこのエピソードがなかったとしても、裁判のネット公開で一番得をしたのはほかでもない、薄だ。裁判後、微博が実施したネット世論調査によれば、裁判開始前に薄に対して悪い印象を持っていた人のうち、改善した人の割合は42%で、より悪化した人の14%を大きく上回った。

「騒ぎ自体を楽しむネットユーザーの声を真に受けるべきでない」と、政治評論家の李大同(リー・タートン)は言う。「一般の国民はもっと冷静に薄と裁判を見ている」


「内」がダメなら「外」へ

 中国では最近、裁判の審理をネット公開するケースが増えている。しかしなぜ、最も敏感な今回の審理をネットでほぼリアルタイムに公開したのか。

 すべては習政権の思惑どおりだった可能性もある。そもそも、薄が掲げた社会主義回帰路線に激怒し、薄を失脚に追い込んだのは前首相の温家宝(ウェン・チアパオ)とされる。薄を追い込んだのが前政権の温と胡錦濤(フー・チンタオ)前主席ならば、薄と同世代でもある習と李克強(リー・コーチアン)首相が薄を厳刑で追い詰める理由は必ずしもない。むしろ薄が提唱した路線を支持する国民を敵に回すだけ、という見方もできる。

 ただ薄が他の汚職官僚より軽い刑で済むと、汚職狩りの象徴として薄を起訴したことと矛盾する。やはり、放っておけば過去の政治家として消えていくはずだった薄の反撃を許したのは、単純に習があらゆるシナリオを想定せずに犯したミスである可能性が高い。

「もし習が『薄は反論しない』という部下からの誤った情報をうのみにして判断を誤り、ネット公開を認めたのだとしたら、ダメージは小さくない」と、政治学者の趙宏偉(チャオ・ホンウェイ)は言う。「現政権の能力の低さを表している」

 習は失点をどう回復するのか。秋には新政権の今後の運営方針を決める重要会議が迫っている。高成長時代が終わりつつある中国経済の方向転換が最大の課題だが、複雑に絡んだ利害関係を調整し、構造改革を一気に進める方策は簡単に見つからない。

「そうなれば、習政権は外交で失点回復を図るだろう」と、趙は言う。外交とは、つまりは領土問題だ。「日本と事を構えるのはリスクが大きい。アメリカの支援が十分でないフィリピンが狙われるかもしれない」

 ただし、領土問題でもミスを犯せば、習政権のダメージは計り知れない。

[2013年9月10日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

訂正(7日配信記事)-英アストラゼネカが新型コロナ

ワールド

EXCLUSIVE-チャットGPTなどAIモデルで

ビジネス

円安、輸入物価落ち着くとの前提弱める可能性=植田日

ワールド

中国製EVの氾濫阻止へ、欧州委員長が措置必要と表明
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    「自然は残酷だ...」動物園でクマがカモの親子を捕食...止めようと叫ぶ子どもたち

  • 3

    いま買うべきは日本株か、アメリカ株か? 4つの「グラフ」から強さを比べる

  • 4

    迫り来る「巨大竜巻」から逃げる家族が奇跡的に救出…

  • 5

    習近平が5年ぶり欧州訪問も「地政学的な緊張」は増す…

  • 6

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    イギリスの不法入国者「ルワンダ強制移送計画」に非…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 5

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 6

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 7

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 8

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 9

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前…

  • 10

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 10

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中