最新記事

発達障害

「普通の父親」になれなかった僕が、妻と娘と生きていくために受け入れた役回り

2022年8月6日(土)09時30分
ニューズウィーク日本版ウェブ編集部

この頃、僕は家事のミスが少なくなっていた。

ご飯を炊いておく。娘を保育園にお迎えに行く。買い物をする。おかずを作る。順番にひとつずつ考えていくと行動できた。ピーマンの肉詰めさえ作れなかった自分には、たったそれだけのことが嬉しかった。いままで、そんな簡単なことで苦しんでいた。

もちろん、片付けの苦手さや過集中したときに他のことができなくなるといった困りごとは残り続けている。しかし、ちょっとした工夫で対処できることとそうでないことを仕分けできるのは、生活を楽にしてくれた。

「普通」の子育て

発達の特性にはグラデーションがあり、白か黒かと区別することはできない。また、置かれた状況や環境、人間関係によって、特性の表れ方は大きく変わる。かつての僕はこれらのことをわかっていなかった。

診断前は、発達障害という言葉は知っていたが、浅い知識しかなかった。例えば、過去にメディアで見ていた発達障害の当事者には「天才」のイメージがあった。自分は「天才」ではなく、どこか「自分とは遠くにあるもの」と感じてしまっていたため、自分の発達障害に気づけなかった(いまこのように書籍などで発信するときには、自分が発達障害に気づけなかった体験から、できるだけ多様な当事者の姿を届けたい。本書も、「発達障害のある父親」の発信が少ないことを踏まえて、マイノリティの立場で発信したいという思いから出発した。)

もっと自分のことを理解できてから、子育てに入れれば良かったのだろう。その一方でモヤモヤするのは、現代の日本で〝普通に〞子育てをしていくのは難しいことである。つまり、社会人として一人前になり、結婚し、仕事をし続け、貯金を準備し、両家と良い関係を築き、そしてはじめて「子育て」をするというモデルは、いまや「普通」とは言いがたいのではないか、と──。

例えば、ひとり親でも安心して育てられる制度や同性カップルも望めば子どもを迎えて家族を作れる権利、性別にかかわらず安心して仕事を一度休める雰囲気、そして僕のように障害があっても周囲とかかわり合いながら子育てに取り組める土壌を、「いま」という時代が求めている。「普通」からはみ出してしまうのが多数派だとしたら、このねじれた時代に、子育てのあり方を見直す必要がある。そのなかのひとつのファクターに、僕たち「父親」がしなやかに子育てを担っていくことの重要性がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米国株式市場=最高値更新、CPI受け利下げ期待高ま

ビジネス

米シスコ、5─7月期売上高見通し予想上回る AI支

ワールド

ニューカレドニアに非常事態宣言、暴動の死者4人に 

ワールド

再送-EU、ジョージアに「スパイ法案」撤回要請 「
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 3

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 4

    それでもインドは中国に勝てない...国内企業の投資意…

  • 5

    マーク・ザッカーバーグ氏インタビュー「なぜAIを無…

  • 6

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 7

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 8

    奇跡の成長に取り残された、韓国「貧困高齢者」の苦悩

  • 9

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 10

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中