最新記事

人生を変えた55冊

太田光を変えた5冊──藤村、太宰からヴォネガットまで「笑い」の原点に哲学あり

2020年8月5日(水)16時30分
小暮聡子(本誌記者)

太宰の世界にも私小説から入っていったが、読み進めていくうちに、太宰の別のジャンルに目覚めていく。

「太宰治には2つの路線があって、生まれてすみません(『二十世紀旗手』)というように悩みを延々と書き連ねているものと、全くのフィクション、創作ものがある。読んでいくうちにフィクションのほうが面白いって思うようになるんだよね。

太宰が得意なのは、パロディーなんですよ。『新ハムレット』はハムレットのパロディーで、『お伽草紙』ではカチカチ山や舌切り雀、浦島太郎などをパロディーとして書き直している。『右大臣実朝』もパロディー路線というか、源実朝が暗殺されたことを書いた歴史書の『吾妻鑑』を現代語訳して、どういう背景があってこの人が暗殺されたのかを物語としてすごく引き込む感じで書いている。


『右大臣実朝』(太宰治全集)
 太宰 治[著]
 筑摩書房ほか

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

最初に原文が載っていて、その後に太宰の言葉で物語化して、っていうのが繰り返される。すぅごい面白いって思った。自分も読書に慣れてきて、太宰治を知った上で島崎藤村を振り返ると、太宰のほうがずっとサービス精神旺盛だし、エンターテインメントだし、面白い。なおかつ、太宰の作品の中でも、私小説よりも物語のほうが上手いと思うようになる。文章のテクニックも本当にすごいから、太宰治の本当はこっちなんじゃないかなと。

太宰は最後、『グッド・バイ』っていう書きかけの小説を残して死んじゃうんだけど、あの作品はまさに自分のパロディーを書いていた。もうこんな自分はいらない、と生まれ変わろうとして、過去の女とかにグッド・バイを言いに行くという話で、コメディーなんだよね。あれがもし完成していたら、太宰治が死なずに生きていたら、もっと面白い名作が生まれたんじゃないか。高校生のときに太宰は相当読んだけど、1冊挙げるとしたら、やっぱり『右大臣実朝』だな」

今では『マボロシの鳥』(新潮社、2010年)や『文明の子』(ダイヤモンド社、2012年)といった小説も発表し、文筆家としても活動する太田だが、高校生のときに既に自分でも書いてみたいという思いはあったのだろうか。そう聞いてみたところ、「高校生のときは映画監督になりたかった」そうだ。

「小説を書くというのは敷居が高かったんだけど、創作できる人に対するあこがれがあった。そのころ俺はチャップリンにはまっていて、彼は自分で脚本も書いて主人公を演じて音楽や美術までやる人ですから。すごいな~と思っていたので、なんとか自分も人を笑わせるようなストーリーが書けないかなとは思っていた。作る人になりたい、と。

高校に入ってすぐの頃から自分で脚本を書いたり、漫画を描いたりしていた。コメディーを書こうとしていたんだけどそのときはやっぱりまだ難しくて。『宇宙戦艦ヤマト』からかなり影響を受けていて、似たような漫画を描いていた。宇宙が狭くなるっていう話。すんごいスケールで書きたいって思ってね。宇宙戦艦ヤマトは別の星の人が攻めてくるという話だけど、俺はそれを超えなきゃいけないと思っていた。松本零士を超えなきゃって。で、宇宙全体が狭くなる、これは大変な危機だ!と」

【関連記事】大ヒット中国SF『三体』を生んだ劉慈欣「私の人生を変えた5冊の本」

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

中国主席、5年ぶり訪欧開始 中仏関係「国際社会のモ

ワールド

ガザ休戦交渉難航、ハマス代表団がカイロ離れる 7日

ワールド

米、イスラエルへ弾薬供与停止 戦闘開始後初=報道

ワールド

アングル:中国地方都市、財政ひっ迫で住宅購入補助金
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 2

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 3

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 4

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 5

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 6

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 9

    マフィアに狙われたオランダ王女が「スペイン極秘留…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 5

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 9

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 10

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中