コラム

トランプの「非核化」シナリオに深くコミットした安倍首相

2018年06月13日(水)16時30分

金正恩が「完全な非核化」を約束した共同文書に署名したトランプ Jonathan Ernst-REUTERS

<米朝合意に関する米メディアの評価は、おおむね「今後の推移を見守るしかない」という冷静な論調。しかし拉致問題を抱える日本はこのスローペースに引き込まれることはできない>

注目されたシンガポールでの米朝首脳会談が終わりました。今回の合意に関してのアメリカ国内における反応ですが、

(1)共和党の主流派(例えば、リンゼー・グラム上院議員)は、具体性に欠ける点に多少疑問を持つものの、そこはグッと我慢して今後の推移を見守りたいという立場。

(2)民主党の左派(例えば、コーリー・ブッカー上院議員)は、北朝鮮における人権の問題を全く無視し、まるで許すような大統領の姿勢に反発。

(3)コア支持層向け(例えば、保守系のFOXニュース)の論調としては、歴史的な成果にケチをつけるリベラルへの罵倒。

というような分かれ方をしています。ただ、全体としてはとにかく「具体的な点は、今後の推移を見守るしかない」という冷静な論調が主となっています。

私は、トランプ政権が在韓米軍引き上げというような、東アジアのパワーバランスへのコミットを放棄するのであれば、安倍政権はトランプ政権と距離を置くことも必要と思っていましたが、そのような最悪の事態はとりあえず回避されたように思います。

今回の合意に、安倍政権がその一コマとして深くコミットしている、これが一番のサプライズでした。パズルの全体にはどんな絵柄が描かれているか、それはひとまず置くとしても、その日本というコマも含めてパズルは完成していました。少なくとも、この間、北朝鮮と日米韓、そして中ロを加えた6カ国が相互に知恵を絞った成果として、パズルのそれぞれのピースは組み合わされたと言えます。

まず時間軸についてですが、今回の合意についてアメリカでは、特にリベラルなメディアからは「北朝鮮に時間稼ぎを許した」とか「トランプは譲歩ばかりで得るところは少なかった」という批判が出ています。ですが、この時間というのは、今回の合意というパズルにとって非常に重要なピースだということは明らかです。

北朝鮮は即時、核放棄はできません。それは核放棄を完了してしまえば米国との取引材料がなくなるし、同時に国内的な求心力も失う危険があるからです。ですから、スローなペースで進むしかありません。

この「スローなペース」という点では、トランプ政権も同じように必要としていると見ることができます。この北朝鮮問題というのは、トランプが選挙で中間層を取り込むための切り札ですから、早い時点で成果を全部出してしまっては「ネタが尽きて」しまいます。

ですから、今後2018年11月の中間選挙直前と、2020年11月の大統領選の直前という、それぞれのタイミングで事態の進展をドラマチックに演出する必要があります。具体的には、金正恩のホワイトハウス訪問、トランプの平壌訪問という可能性で、その際に「解決」を段階的に出していこうと考えているのではないかと思われます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ヨルダン国王、イスラエルのラファ侵攻回避訴え 米大

ビジネス

ドル154円半ばへ続伸、豪ドルは急落前の水準回復

ビジネス

中国EVメーカーNIO、初の量販モデルを月内に発表

ビジネス

午前の日経平均は反発、連休中の米株高で 大型ハイテ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 2

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    メーガン妃を熱心に売り込むヘンリー王子の「マネー…

  • 7

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 10

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story