コラム

アルジェリア大統領失脚──体制打倒を求める抗議デモとアメリカの微妙な立場

2019年04月08日(月)12時34分

独裁的なブーテフリカ大統領を辞任に追い込んだ後も、政府の支配構造一掃を求めてデモを続ける若者たち(4月5日、アルジェリアの首都アルジェ)


・アルジェリアのブーテフリカ大統領は4月4日、抗議デモの高まりによって辞任を余儀なくされた

・しかし、ブーテフリカ失脚はこれまで「独裁者」を支えていた軍が彼を見限ったもので、これで幕引きすることは支配層がそのまま居残ることを意味する

・そのため、抗議デモ隊はブーテフリカ以外の要人の総辞任を求めているが、これに難色を示しているのはアルジェリアの支配層だけでなく、諸外国も同様である

大規模な抗議デモが広がり、「独裁者」が失脚することは民主主義の勝利とも映るが、アルジェリアの場合、それは「トカゲのしっぽ切り」になりかねない。しかし、これまで民主化を各国に呼び掛けてきた欧米諸国は、アルジェリアの民主化が中途半端に終わることを願っているとみてよく、この点では中国と変わらない。

「トカゲのしっぽ切り」で終わるか

経済停滞を背景に抗議デモが広がっていたアルジェリアでは4月4日、20年にわたって同国を支配したブーテフリカ大統領が辞任し、国民に自らの「失敗」に許しを請うた。これを受けて、ベンサラ上院議長が暫定大統領を90日間務め、大統領選挙を実施することになった。

しかし、抗議デモはブーテフリカ辞任だけで収まらず、体制そのものを転換するため、ベンサラ暫定大統領を含む政府要人が揃って退任することも要求し始めている。彼らの目には、ブーテフリカ辞任での幕引きが「トカゲのしっぽ切り」と映るからだ。

ブーテフリカ氏は1999年から大統領だったが、彼を支え続けた与党・国民解放戦線(FLN)と軍は独立以来、この国の権力をほぼ独占してきた。今回の辞任劇も、抗議デモが広がるなか、その収拾を優先させるため、当初ブーテフリカ氏を擁護してきたFLNや軍から離反者が出たことで発生した。つまり、ブーテフリカ氏はこれまで自分を担いできた勢力から放り出されたとみてよい

それは「独裁者」がその座を去っても、体制そのものは揺らがないことを意味する。そのため、抗議デモがブーテフリカ辞任で納得しないことは、民主化の観点からすれば当然ともいえる。

ドミノ倒しは起こるか

こうして長期化の様相を呈してきたアルジェリアの抗議デモの影響は、国内にとどまらない。

開発途上国での民主化は、1970年代のラテンアメリカを皮切りに各地で発生してきたが、多くの場合、一国の体制転換が周辺国の人々を触発し、ドミノ倒しのように地域一帯に波及してきた。2011年の「アラブの春」の場合、チュニジアのベン・アリ大統領(当時)が抗議デモの高まりに軍から見放され、亡命したことが、周辺国で「独裁者」批判を勢いづかせた。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

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