コラム

「高等教育無償化」でイノベーションは生まれるか──海外と比べて見劣りするのは「エリート教育」

2018年02月27日(火)17時45分

大学教育が普及している日本では学生一人当たりの教育費が低くなっている xavierarnau-iStock.

国会では裁量労働制など、政府が打ち出した「働き方改革」をめぐる議論が続いています。この議論の一つのたたき台になったのが、2017年12月に官邸主導で閣議決定された、「人づくり革命」「生産性革命」を骨格とする「新しい経済政策パッケージ」です。このうち「人づくり革命」は、この政府文書において「一億総活躍社会をつくっていく上での本丸」と位置づけられ、その柱として「幼児教育の無償化」、「待機児童の解消」などとともに「高等教育の無償化」が掲げられています。

政府によると、高等教育は「...国民の知の基盤であり、イノベーションを創出し、国の競争力を高める原動力でもある。大学改革、アクセスの機会均等、教育研究の質の向上を一体的に推進し、高等教育の充実を進める必要がある」。政府文書では、これに続いて「無償化」の必要性について述べられています。

経済的に苦しい世帯にも高等教育の道を開くことそのものの意義は認められるべきでしょう。子どもの貧困は本人の責任ではありません。才能があっても所得を理由に進学を諦める人に、その才能を開花させることができれば、本来なら得られなかった便益を得られる可能性が広がるという意味で、社会全体にとっても有益なことです。

ただし、その効果は社会の幅広い改善に期待がもてるものの、政府文書が暗示するほど「無償化」が先端的なイノベーションや競争力の向上に直結するかは疑問です。のみならず、政府が強調する「高等教育の充実」にとって、「無償化」の優先順位が高いかも疑問です。この点について、以下では各国とのデータ比較から考えます。

日本は教育熱心か

まず、日本が教育をどの程度重視しているかをみていきます。

mutsuji2018022701.jpg

図1は文部科学予算の推移を示したものです。ここからは教育予算が2010年代に徐々に減少してきたことが見て取れます。この間、特別会計だけでなく一般会計も増加してきたことを考えると、少なくとも日本政府が教育に高い優先順位をつけてきたとはいえません。

これは他の主要国との対比で、より明らかとなります。文部科学省自身が認めているように、日本の教育予算はその予算や経済の規模に照らせば、各国と比較して必ずしも多くありません

mutsuji2018022702.jpg

図2は、一般歳出に占める教育予算の割合とGDPに占める教育予算の割合を、一般歳出に占める教育予算の割合が高い順に、各国ごとに表したものです。これは政府予算の規模や経済規模に照らして、教育がどの程度重視されているかを意味します。

プロフィール

六辻彰二

筆者は、国際政治学者。博士(国際関係)。1972年大阪府出身。アフリカを中心にグローバルな政治現象を幅広く研究。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学、日本大学などで教鞭をとる。著書に『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『世界の独裁者 現代最凶の20人』(幻冬舎)、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、共著に『グローバリゼーションの危機管理論』(芦書房)、『地球型社会の危機』(芦書房)、『国家のゆくえ』(芦書房)など。新著『日本の「水」が危ない』も近日発売

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

パリのソルボンヌ大学でガザ抗議活動、警察が排除 キ

ビジネス

日銀が利上げなら「かなり深刻」な景気後退=元IMF

ビジネス

独CPI、4月は2.4%上昇に加速 コア・サービス

ワールド

米英外相、ハマスにガザ停戦案合意呼びかけ 「正しい
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story