コラム

中国への怒りを煽るトランプの再選戦略の危うさ

2020年05月20日(水)17時20分

ともあれ、トランプ政権はこれだけアメリカ国民の中国に対する敵愾心をあおってしまった以上、何もしないというわけにもいかないだろう。トランプ大統領は中国からの輸入を完全に断ち切る可能性を示唆したが、そんなことをすれば、アメリカ国民は5000億ドル節約できるどころか、中国から輸入している消費財などを手に入れるためにその何割増しかのコストを支払うことになる。中国ももちろん困るがそれ以上にアメリカ国民が経済的打撃を受ける。

そうしたなか、5月15日にトランプ政権が打ち出したのが中国の通信機器大手、ファーウェイに対する締め付けの強化である。本コラムで以前(2019年6月24日)取り上げたようにちょうど一年前の2019年5月、アメリカ商務省はファーウェイを輸出管理法に基づく輸出規制の対象(エンティティーリスト)に加え、アメリカ企業がファーウェイに部品やソフトウェアを販売することを事実上禁止した。

ファーウェイのスマホにはクアルコム社のICやグーグルのソフトなどアメリカ産のものを多く搭載していたので、トランプ政権はこの措置によってファーウェイの息の根を止められると思った。

ところがファーウェイは生き残った。そればかりか、2018年に比べて2019年は2割近く売り上げを伸ばしたのである。もともとの目標は売上を3割伸ばすことだったので、目標を10%ポイント下回ったとはいえ、アメリカ政府が全力で叩き潰そうとしてもその程度の効果しかなかったということである。

最初の制裁は失敗に終わった

ファーウェイがどうやって生き延びたのかというと、まずOSにはグーグルのアンドロイドを引き続き使っているが、アンドロイド上のアプリの多くが使えなくなったので主にヨーロッパの企業と組んで独自のエコシステムを作り上げた。また、部品はアメリカ製のものを中国など他国製の部品に置き換えた。特に基幹ICは子会社のハイシリコンが設計したものを台湾のTSMCに製造を委託している。

今回のアメリカ商務省による締め付け強化は、要するにTSMCによるハイシリコンのIC製造をやめさせることを狙ったものである。そうすればファーウェイはスマホの基幹ICが手に入らなくなって今度こそつぶれてしまうかもしれない。この規制では、アメリカ産の製造装置、技術、ソフトウェアを使って作られたものを「外国製の直接製品(foreign-produced direct product)」と呼び、それをファーウェイに販売することには商務省の許可が必要だとしている。

この規制は、他国の企業間取引にアメリカ政府が規制をかけようとするものであり、きわめて無理筋の要求である。仮に日本政府が、例えば台湾企業と中国企業の間の取引に規制の網をかけようとしても相手にされないのがオチであろう。アメリカ政府がこうした強硬な措置をとるのは、TSMCにとってアメリカ製の設備とアメリカの顧客の両方がともに重要であり、同社が製造装置を他国産のものに切り替えたり、アメリカ向けの販売を捨てることはないだろうと踏んでいるからである。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

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