コラム

文在寅の「訪日拒否」は、有利な立場を自ら手放す慢心が生んだオウンゴール

2021年07月28日(水)18時12分

だが日本のこの選択は、逆に韓国側に有利な状況をもたらした。なぜならこの状態においては、対話を拒否しているのが日本側であるのは明らかであり、韓国政府はアメリカをはじめとする各国に対して、関係改善に後ろ向きな日本の姿勢を非難することが容易だったからである。そして一部の韓国メディアはこの状況を、菅義偉首相の外交経験の不足と結び付け、日本は韓国との対話を恐れているのだ、と揶揄的に説明した。

このような状況に置かれた文政権にとって、東京五輪での首脳会談は、実現していれば日本に対する優位性をアピールできる格好の場となる可能性があった。なぜなら、五輪のホスト国として開会式に出席を希望する他国首脳の訪問を日本が拒否することは不可能であり、来日した彼らをぞんざいに扱うこともできなかったからである。

だからこそ実際、日本政府は五輪開会式への出席を希望してきた文の訪日を迎える準備を進めており、その内容の如何はともかくとして、何らかの形で首脳会談を行う前提で動いてきた。

つまり、ここにおいて日本政府はこれまでの「歴史認識問題などにおいての具体的な進展がない限り首脳会談には応じられない」という自らの主張を、事実上撤回せざるを得ない状況にまで追い込まれていたことになる。

会談を放棄した本当の理由は?

にもかかわらず、首脳会談は韓国側により突如として撤回された。大統領官邸はその理由として「具体的な成果が見込まれないこと」を挙げている。加えて韓国メディアは、直前に行われた駐韓日本総括公使による不適切発言が影響した可能性について触れているが、それらはいずれも十分な理由にはならないだろう。

例えば今年6月にイギリスで行われたG7において、韓国側が日本側に「略式」での首脳会談を求めたのは、その場で即座に輸出管理措置の撤廃など大きな譲歩が得られると考えたからではなく、韓国が対話にいかに積極的であるかを国際社会に示すことが目的だったはずである。

総括公使の発言については、既にその不適切さは日本政府も認めており、仮に東京での首脳会談が実現していれば文はその場で改めて日本側に問いただし、謝罪を引き出すことすら不可能ではなかったはずだ。

にもかかわらず、有利な立場にあった韓国政府が首脳会談の機会を自ら放棄した理由は、合理的に考えて1つしかない。それは彼らが自らの有利を過信するあまり、日本、そして求心力を失いつつある菅政権からは、その気になればいつでも得点を獲得できる、と考えているからである。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり

ビジネス

米エリオット、住友商事に数百億円規模の出資=BBG
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 7

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 10

    ロシア軍「Mi8ヘリコプター」にウクライナ軍HIMARSが…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story