コラム

あなたの知らない「監視資本主義」の世界

2020年10月21日(水)13時50分

監視資本主義問題への対策

実は『The Age of Surveillance Capitalism』ではネット世論操作についてはあまり言及されていない。『The Reality Game』と『マインドハッキング』を合わせて読むことによって、監視資本主義のもたらしたサービスがどのように世論に影響を与え、操作可能なものにしているかを知ることができる。そしてどちらの本も現状が改善される可能性に期待し、そのための対策を提案している。

『The Reality Game』には、ネット世論操作の実態と今後および対策について書いてある。ただし、著者であるSamuel Woolleyの活動の記録と並行する形で紹介されているのでエッセイ風でもある。『マインドハッキング』はクリストファー・ワイリーの経験を通して、どのように「ケンブリッジ・アナリティカ」がネットを介して人の心を操り、行動を変容させていったかが詳しく語られている。

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『The Reality Game: How the Next Wave of Technology Will Break the Truth』(PublicAffairs、2020年1月7日)  オクスフォード大学のThe Computational Propaganda Projectのリサーチ・ディレクターでデジタルプロパガンダの研究者であるSamuel Woolleyの著作

いずれの本にも指摘されていないので蛇足ながら付け加えると、金融市場へのSNSの影響も甚大である。拙著『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)でいくつか事例を紹介している。2013年、AP通信のツイッターアカウントが乗っ取られ、当時大統領だったオバマが爆発によって負傷したというニュースを流された時は、アメリカの株式市場は13兆円以上も暴落した。2014年には、ツイッターを使った情報操作である企業の株価が25,000%も跳ね上がった。SNSの情報で株価を操作するための専門会社も存在している。グーグルやフェイスブックはいつでも金融市場にダメージを与えることも、特定の企業の株価を操作することもやろうと思えば可能だろう。

ネット世論操作そのものについては、すでに「アメリカ大統領選は、ネット世論操作の見本市 その手法とは」や「ロシアがアメリカ大統領選で行なっていたこと......ネット世論操作の実態を解説する」、「ネット世論操作は怒りと混乱と分断で政権基盤を作る」でご紹介したので興味ある方はご高覧いただければ幸いである。監視資本主義の社会ではネット世論操作は当たり前に行われるようになり、その結果、怒りと混乱と分断が広がる。

ネット世論操作の対策については、まだ触れていなかったので、ふたつの本にあげられている対策を整理してみたい。『The Reality Game』では6つの対策があげられており、主としてオンラインでの選挙あるいは政治活動での透明性を高め、資金の流れを明らかにするための法規制である。独立した調査組織の必要性も指摘している。そして、ネット世論操作に対抗するにはひとつの組織や政府でできることではなく、多くの機関と個々人が関心を持ち、協力して可能になるとしている。

『マインドハッキング』では、インターネットに関するビジネスを新しいタイプの公益事業として定義し、ユーザ保護に力点を置き、公益を優先するよう規制すべきとしている。

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『マインドハッキング: あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』(新潮社) 元ケンブリッジ・アナリティカメンバーのクリストファー・ワイリーによる暴露本。元メンバーによる暴露本には、『告発 フェイスブックを揺るがした巨大スキャンダル 』(ハーパーコリンズ・ ジャパン、ブリタニー・カイザー)もあるが、ワイリーの著作の方が、手法についてより詳細な内容が語られている

どちらも監視資本主義の中心にいるSNS企業=グーグルやフェイスブックなどに対してなんらかの法規制をかけることを提案しつつ、社会の各セクターが協力する必要があるとしている。こうした提案の有効性については、EUのEU一般データ保護規則(GDPR)の運用やグーグルに対する独占禁止法の適用がまずは目安になるだろう。もし、GDPRの実効性が低く、グーグルが独占禁止法を免れることができるなら、法規制による対策の先行きは怪しい。

このまま監視資本主義が広がった場合、いくつかの国は事実上、監視資本主義企業の影響下に置かれることになる可能性が高い。予言的な中国の戦略書『超限戦』では、新しい戦争は国家対国家に限らず、さまざまな集団の間での戦争が起こりうるとしている。監視資本主義企業の影響力の拡大を『超限戦』ととらえると、冨と情報が集中した結果、世論はもちろん大統領選にも影響を与えるようになった企業は見えない戦争に勝利を収めつつあると言える。これから世界はデジタル権威主義国家である中国やロシアなどと、監視資本主義企業の影響下にある国々との対立の時代を迎えるのだろうか?

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

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