コラム

あなたの知らない「監視資本主義」の世界

2020年10月21日(水)13時50分

「監視資本主義」の最大の問題は、行動を監視し、予測、誘導することにある...... metamorworks-iStock

<Netflixのドキュメンタリー『監視資本主義』が話題だ。そのドキュメンタリーで描かれた問題の先、さらに今後の対応を考えた......>

今回は、Netflixのドキュメンタリー『監視資本主義』に4冊の本をからめて、SNS企業が引き起こした社会変化とその背景について説明したい。ちなみにこのドキュメンタリーの原題は、『The Social Dilemma』であり、中では監視資本主義そのものについてあまり詳しく語られてはいない。したがってこのドキュメンタリーは監視資本主義そのものをテーマにしているわけではなく、正確には監視資本主義の社会で起こるSNS依存症に焦点を当てた内容となっている。なぜ日本語タイトルが『監視資本主義』になったのか不思議である。キャッチーな言葉だからかもしれない。

『監視資本主義』とはなにか?

Netflixの『監視資本主義』には、「監視資本主義」という言葉の提唱者であるShoshana Zuboff自身も登場しているのだが、いかんせん限られた時間のために全体像が見える説明にはなっていない。監視資本主義という言葉が広く使われるようになっていけば、その意味も徐々に変わってゆくと思うが、現在のところはShoshana Zuboffの著作がもっともまとまったものなので、まずはそれに従って監視資本主義をご紹介したい。

Netflixの『監視資本主義』は主としてSNS依存症に焦点を当てて、SNS企業が収益を上げるために、あらゆる手段を使って利用者をSNS依存症にさせている様子が描かれている。民主主義を毀損するといったことも指摘されているが、全体としてはそこに力点は置かれておらず、詳しい説明もない。確かにSNS依存症は社会的問題だが、問題はもっと大きい。Zuboffによれば現在起きていることは我々の社会を根本的に変える現象である。

The Social Dilemma | Official Trailer | Netflix


監視資本主義とは、人間行動の資本主義である。人間の行動を原材料とし、未来の行動を商品として販売する。人間の行動は測定され、情報に解体され、予測が行われる。原材料のコストはゼロである。サーバーなど原材料を収集するためのコストはかかるが、原材料の対価として支払われるものではない。牛肉をタダで仕入れられるステーキ屋のようなものだ。

「SNSでは利用者は顧客ではなく商品」とよく言われるが、そうではなく「原材料」でしかない。利用者は自分でも気づかないうちに、自分の未来をSNS企業に手渡しているのだ。また、監視資本主義は監視によって情報収集し、未来の行動をアウトプットしているため、監視できるものに依拠する道具主義と言える。人間の感情も監視できる範囲でのみ対象となる。監視社会というと、オーウェルの「Big Brother」を思い出すが、監視資本主義は市民に服従を要求するわけではなく、監視して商品化するため本書では「Big Other」と呼んでいる。

監視資本主義はオンラインの広告を中心に未来の行動の商品化が行われ、急速に広がった。インターネットは自由な空間であり、法制度の縛りがほとんどなかったため、監視資本主義企業は自由に事業を展開することができた。

監視資本主義企業には莫大な量のデータが集積され、利用者本人よりも利用者の情報そして行動パターンを知ることになった。ほとんどなにも知らずに利用する利用者と、莫大な情報と知識を持つ企業という偏った関係が生まれた。彼らは、あなたの全ての行動(発言、いいね、フォロワー、クリック、閲覧時間など)はもちろん、あなたと同じような生活環境、過去の経験、能力、収入、性格、嗜好を持つ人物の情報を莫大に蓄積しており、そこから生まれる予測や選択肢(レコメンデーション)は正確だ。より正確な予測を行うため、より多くの情報を集めるとともに利用者の行動を誘導するようになった。その影響でSNS依存症やフェイクニュースなどの弊害が生まれた。

ここまでがNetflixのドキュメンタリーで語られたことであり、以降がNetflixではほとんど扱われなかった話題である。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イスラエルがイランに攻撃か、規模限定的 イランは報

ビジネス

米中堅銀、年内の業績振るわず 利払い増が圧迫=アナ

ビジネス

FRB、現行政策「適切」 物価巡る進展は停滞=シカ

ビジネス

英インフレ、今後3年間で目標2%に向け推移=ラムス
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負ける」と中国政府の公式見解に反する驚きの論考を英誌に寄稿

  • 4

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 5

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 6

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 7

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 8

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 7

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 8

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 9

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 10

    大半がクリミアから撤退か...衛星写真が示す、ロシア…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story