コラム

ネット世論操作は怒りと混乱と分断で政権基盤を作る

2020年10月07日(水)17時30分

トランプ政権は意図的に怒り、混乱、分断を広げた...... REUTERS/Leah Millis

<ネット世論操作では「理解」させて支持を得るのではなく、「感情」をコントロールして支持を得る。アメリカや日本では、意図的に、怒り、混乱、分断を広げている.......>

数回にわたってアメリカと日本の監視とネット世論操作について見てきた。民主主義を標榜する国における監視とネット世論操作ということになる。その前は中国ロシアインドを見た。今回はアメリカの監視とネット世論操作の状況をまとめてみたいと思う。その前に、まだ扱っていなかった日本のネット世論操作の状況について軽く触れておきたい。

進化する日本のネット世論操作

日本においてもネット世論操作は行われている。ボットやトロール、ネット監視体制については以前、『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)でご紹介した。その後、2018年9月に朝日新聞が沖縄知事選の際のSNSのデータをクリムゾン・ヘキサゴン社のソーシャルメディアネットワートワーク分析システムを用いて分析した結果、不自然な動きがあったことを確認している。

政府が特定の大手メディアやジャーナリスト個人への攻撃し、政府よりのメディアの取材をより多く受ける傾向が指摘されている(報道事変 なぜこの国では自由に質問できなくなったか、朝日新書、南彰)。政府寄りの活動を行うとアクセスが増えることが多いため、政権支持のエコシステムができているように見える。

このエコシステムで積極的に情報発信するグループはプロキシの役割を果たしていると考えられる。政府が情報を発信する、プロキシやボットなどが拡散する、アクセスが集まる、話題になると一般のメディアにも取り上げられ、さらにアクセスが増える。こうした一連の出来事に関心をお持ちの方はこちらのブログを参照いただきたい。

アメリカと日本の特異性

アメリカと日本が行っていることと、デジタル権威主義の国々が行っていることの主な違いは下記の3つと言える。いずれも民主主義国であるために生じる軋轢であり、そのためにさまざまな制限を受けている。民主主義国家で監視とネット世論操作を進めるのは矛盾や問題をはらんでいるのだ。

 ・メディアや市民団体からの批判を受ける。中国やロシアでもあるが、抑圧しやすい。
 ・民主主義的価値観と相容れない面があるため倫理的問題がある。中国やロシアでは倫理的な問題は起きにくい。
 ・意図的に、怒り、混乱、分断を広げている。中国やロシアでもこれらはあるが、政権にコントロールされており、アメリカや日本ほどひどくない。

その一方で、おおげさに聞こえるかもしれないが、民主主義的価値観を破壊することによって、政権基盤を固めることが容易になる。オクスフォード大学のThe Computational Propaganda Projectのリサーチ・ディレクターでデジタルプロパガンダの研究者であるSamuel Woolleyの著作『The Reality Game: How the Next Wave of Technology Will Break the Truth』(PublicAffairs)では、ネット世論操作は特定の言説や人物を支持するように仕向けるだけでなく、ニュースや政治に対して混乱と失望をさせ社会を分断するようになると指摘されている。

ケンブリッジ・アナリティカの元メンバーの暴露本『告発 フェイスブックを揺るがした巨大スキャンダル 』(ハーパーコリンズ・ ジャパン、ブリタニー・カイザー)や『マインドハッキング: あなたの感情を支配し行動を操るソーシャルメディア』(新潮社、クリストファー・ワイリー)も同様に作戦の一環としてこれらを利用していたことが描かれている。The Atlanticの記事(2020年2月10日)でも同様の指摘がある。

ネット世論操作では「理解」させて支持を得るのではなく、「感情」をコントロールして支持を得るのである(『AI vs.民主主義: 高度化する世論操作の深層 』、NHK出版)。政策ではなく心情あるいはアイデンティティで政権を支持するようになれば、野党や市民団体が政府を批判すると、支持者は自分のアイデンティティが攻撃されたと感じて反発し、政権の反論にも同意する。トランプや安倍総理に対する事実など根拠のある批判が、政権支持者に響かないのはそのためである。

偏りのある認証システムによる監視や予測捜査ツールは、政権を批判する政治家や活動家、メディアを抑圧にも適している。「テック・ウォッシング(tech-washing)」(AIなど最新の技術を使うことで公正中立の見せかけるが、実際には偏りがある)で、批判勢力をテロリストや犯罪者予備軍に仕立てることも容易になる。

少なくともトランプ政権はネット世論操作で意図的に怒り、混乱、分断を広げたことがわかる。
以下、怒り、混乱、分断について説明する。

プロフィール

一田和樹

複数のIT企業の経営にたずさわった後、2011年にカナダの永住権を取得しバンクーバーに移住。同時に小説家としてデビュー。リアルに起こり得るサイバー犯罪をテーマにした小説とネット世論操作に関する著作や評論を多数発表している。『原発サイバートラップ』(集英社)『天才ハッカー安部響子と五分間の相棒』(集英社)『フェイクニュース 新しい戦略的戦争兵器』(角川新書)『ウクライナ侵攻と情報戦』(扶桑社新書)など著作多数。X(旧ツイッター)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

スペイン首相が続投表明、妻の汚職調査「根拠ない」

ビジネス

神田財務官、介入有無コメントせず 過度な変動「看過

ワールド

タイ内閣改造、財務相に前証取会長 外相は辞任

ワールド

中国主席、仏・セルビア・ハンガリー訪問へ 5年ぶり
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 4

    メーガン妃の「限定いちごジャム」を贈られた「問題…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    ナワリヌイ暗殺は「プーチンの命令ではなかった」米…

  • 10

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 9

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 8

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story