コラム

「映画禁止ではなかった」サウジ映画館解禁の伝えられない話

2018年04月27日(金)15時15分

サウジアラビアの首都リヤドにオープンした映画館 Faisal Al Nasser-REUTERS

<4月18日、35年以上ぶりにサウジアラビアで映画館が復活した。しかし、西側メディアは必ずしも正しい情報を伝えてくれるわけではない。何が画期的だったのか。なぜ『ブラックパンサー』なのか>

2018年4月18日はサウジアラビアにとって歴史的な日となった。35年以上ぶりにサウジアラビアで映画館が復活したのである。

サウジアラビアといえば、「イスラーム」の厳しい戒律のせいで、酒が飲めないからはじまって、宗教警察がいるだとか、女性が自動車を運転できないとか、映画館が禁止されているなど、西側諸国からは、とかく評判が悪かった。しかし、そうしたタブーがここ数年のあいだでつぎつぎと破られてきている。

なかでも象徴的なのが女性の運転免許解禁と今回の映画館の復活といえる。前者については今年6月から正式にスタートするが、後者は一足早くお披露目となった。

このコラムでもサウジの文化政策の変容は何度も取りあげている(参考:デモ、弾圧、論争、「卵巣に影響」...サウジが女性の運転を解禁するまで)が、どうも西側メディアはこの国についてかならずしも正しい情報を伝えてくれているわけではない。

たとえば、今年はじめに、サウジアラビアで映画が解禁され、その栄えある最初の上映作品に選ばれたのが米国製の『絵文字の国のジーン』という映画だったとの報道が欧米や日本のメディアで出回った。この映画は、米国では史上最低という評価を下されたいわくつきの作品である。当然、せっかく映画が解禁になったのによりによってこれが第一号かといった論調になる。

この報道は明らかにまちがっている。実は、こうした誤報は、「映画」と「映画館」を混同した結果の誤解にもとづいている。

サウジアラビアでは映画が禁止されているわけではない。たしかに映画館は1960年代にはふつうに存在していたが、その後、禁止されてしまった。これはまちがいではない。しかし、映画館が禁止されて以降もビデオやDVDやブルーレイのかたちで映画はサウジ人のあいだでふつうに視聴されているのである。だいぶ編集されてしまうことが多いが、ハリウッド製映画はサウジのテレビでもよく放送されている。

また、あまり知られていないが、サウジアラビアの各都市にはいくつもスポーツ・クラブや文化センターのようなものがあって、そのなかには映画を上映する設備をもっているところも少なくない。こういうところでは、これまでもイベントとか祝祭に合わせて映画を上映し、多くの観客を集めていた。

とはいえ、こうしたところで上映される映画はだいたい子ども向けのアニメーションである。したがって『絵文字の国のジーン』もおそらくこうした枠組で上映されたものと考えられる。映画館の解禁やその第一号上映作品とは無関係なのである。

プロフィール

保坂修司

日本エネルギー経済研究所理事・中東研究センター長。日本中東学会会長。
慶應義塾大学大学院修士課程修了(東洋史専攻)。在クウェート日本大使館・在サウジアラビア日本大使館専門調査員、中東調査会研究員、近畿大学教授等を経て、現職。早稲田大学客員教授を兼任。専門はペルシア湾岸地域近現代史、中東メディア論。主な著書に『乞食とイスラーム』(筑摩書房)、『新版 オサマ・ビンラディンの生涯と聖戦』(朝日新聞出版)、『イラク戦争と変貌する中東世界』『サイバー・イスラーム――越境する公共圏』(いずれも山川出版社)、『サウジアラビア――変わりゆく石油王国』『ジハード主義――アルカイダからイスラーム国へ』(いずれも岩波書店)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ソニー、米パラマウントに260億ドルで買収提案 ア

ビジネス

ドル/円、152円台に下落 週初から3%超の円高

ワールド

イスラエルとの貿易全面停止、トルコ ガザの人道状況

ワールド

アングル:1ドルショップに光と陰、犯罪化回避へ米で
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 5

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story