ニュース速報

ワールド

焦点:スパイ騒動で浮かび上がるロシア軍の「戦時モード」

2018年10月16日(火)16時08分

10月9日、国外では、ロシアの軍事スパイはヘマばかりするとして嘲笑の対象になっている。写真は、瞳に写ったロシア連邦軍参謀本部情報総局のロゴ。4日撮影(2018年 ロイター/Dado Ruvic)

Andrew Osborn

[モスクワ 9日 ロイター] - 国外では、ロシアの軍事スパイはヘマばかりするとして嘲笑の対象になっている。だが、ロシア政府の外交政策に対する軍の影響力は増大しており、軍が「秘密工作(ブラック・オペレーション)」を止める可能性はほとんどない。

ロシア軍の情報機関であるロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)は今年、失敗に終った複数の攻撃に関与したとして西側諸国から非難を浴びている。英国の都市ソールズベリーで元スパイのセルゲイ・スクリパリ氏を神経剤によって殺害しようとした件や、オランダで化学兵器禁止機関(OPCW)に対するハッキングを試みた件などである。

ロシア側はこうした悪事を否認しているが、西側諸国ではとうてい信じられないという嘲笑を浴びており、世界各国のメディアのなかには、2014年にウクライナからクリミア半島を奪った際にも貢献したGRUを「まぬけなアマチュア」呼ばわりするところもある。

だが西側の情報専門家やロシア政府の政策決定に詳しいロシア国内の情報筋によれば、西側諸国は引き続き警戒を怠ってはならないという。

英国で開催された安全保障関連の会議において、ウォレス英保安担当相は、「GRUの未熟なスパイ技術や能力を笑いものにするのは簡単だが、GRU自体についても、また彼らが我々の国の市街地で神経剤を使う無謀さについても、過小評価するべきではない」と語った。

情報機関専門家によれば、クリミア半島併合を理由にロシア政府に対して制裁を科している西側諸国とロシアとの対立が深まるなかで、GRUは秘密工作を含めた活動を強化しているという。

フィレンツェの欧州大学院のマルク・ガレオッティ研究員は、「ロシアがやっているのは戦時ルールに則った作戦だ。これは、GRUが好きなように行動することを許されていることを意味する」と語る。

「東西の対立が悪化すると、こうした戦闘的な機関の力が強まることになり、GRUは以前よりもはるかに活発になっている」とガレオッティ氏は言い、GRUは、上部からの命令をどう実行に移すかについて判断を任されることもあったと付け加えた。

GRUは地球の上空を飛ぶコウモリを公式の徽章としている。そのGRUが作戦に失敗して大っぴらに恥をかいたことで、プーチン大統領はGRUの手綱を引き締めるだろうと西側諸国が期待するとしたら、その期待は裏切られる可能性が高い。

ロシア国防省に近い情報筋は、GRUは活動を続けるだろうと語った。

「われわれは攻撃下にある」とその情報筋は語り、「断固たる姿勢が必要だ」と言い切った。

8日、国防省内で再編があるかどうかを問われたロシアのペスコフ大統領報道官は、GRUが関与したとの指摘は低レベルで、そのような改革をする理由にはならない、と述べた。

ロシアの政治エリート層との人脈が強く、政治分析会社Rポリティークを経営するタチアナ・スタノバヤ氏は、「ロシアは、GRUの活動を縮小することには意味がないと考えている。それは何も生み出さない一方的な譲歩ということになり、弱気の兆候と見られるだろう」と語る。

「これまで以上に頻繁に敵対的な作戦が行われる可能性さえあると考えている」と同氏は言う。

スタノバヤ氏によれば、ロシア政府は、西側・ロシアの情報機関を結ぶ非公式なコミュニケーション経路が不調になっていることに当惑しており、スパイの世界はルールなき領域であると考えているという。

自身もかつては情報機関当局者だったプーチン氏は、挑戦的な発言をしている。彼は先週、スパイは世界で最も重要な職業の1つであると述べ、スクリパリ氏を「裏切り者」と切り捨てた。

西側メディアはGRUの無能ぶりを喧伝しているが、ロシア政府の一部ではこの機関に対する誇りも見て取れる。

ロシア連邦議会のコンスタンチン・ザトゥリン議員は、「われわれの職員が至るところで活動していることを疑っていた人がいるとしても、今やその疑いは晴れているだろう」と語ったが、GRUの工作を伝える報道については認めることを拒否した。

<厄介な報道>

西側諸国がGRUの活動拡大を示す兆候と考えているのは、OPCWに対する攻撃や、元スパイのスクリパリ氏とその娘が神経剤「ノビチョク」で攻撃された事件だけではない。

米当局が7人をロシアのスパイとして起訴しているほか、西側諸国は一致して、GRUがグローバル規模でハッキング作戦を展開していると非難している。

英当局はスクリパリ氏の毒殺を試みた容疑者2人に関するケーブルテレビ向け映像を制作した。調査報道サイト「ベリングキャット」は、先に最初の容疑者の氏名を特定したのに続き、8日には2人めの容疑者についてGRU所属の軍医であると名指しした。

オランダ当局は、OPCWに対するハッキングを試みた容疑者として4人のGRU工作員の氏名を挙げている。

だが前出のガレオッティ氏によれば、GRUが公然と告発されていても、ロシア政府が一時的な困惑以上の反応を示している様子は見られないという。

「恐らくロシア政府の計算としては、いくつか憂慮すべき報道や多少の厳しい批判、ちょっとした面倒があったとしても、乗り切れると見ているのではないか」とガレオッティ氏は言う。

ロシアの上級外交官だったウラジミール・フロロフ氏によれば、ロシアの立場からすれば、GRUによる作戦失敗は特に大きな問題ではないという。

フロロフ氏はロシア誌への寄稿で、「明らかになったのは、極めてリスクが高いものの効果的な作戦において、運用面の障害が発生したということだけだ。主要目的は達成された」と書いている。

クリミア半島併合以来、外交政策全般を背景に、GRUはそれまでよりはるかに活発になっている。

2014年以前には、ロシア政府はもっぱらその活動範囲を旧ソ連圏に限定していた。だがその後、ロシアは中東とアフリカで活発に動くようになり、一方で米国・欧州はロシア政府が自国の問題に干渉していると非難するようになった。

GRUの活性化以外にも、軍の影響力の増大を示す兆候はある。

ロシアの介入によって戦況がアサド政権側の優位となったシリアに関しては、国防省は特に積極的に発言しており、先月シリア政権軍がロシア空軍機を誤って撃墜した際にも、国防省は政府に先駆け、事故の原因を作ったのは「敵対的な」イスラエルであると非難した。

今年の夏、プーチン氏がハイキングに帯同したのはわずか2人だけで、そのうちの1人がショイグ国防相、もう1人はロシア連邦保安庁(FSB)のトップだった。63歳のショイグ国防相は党派政治には関わっていないが、世論調査では後継大統領候補として最も人気が高い人物の1人とされることが多い。

軍とショイグ氏自身の影響力増大を示す兆候はもう1つある。ショイグ氏はモスクワに軍関係者専用の巨大な大聖堂の建設を命じ、つい先週には、シベリアに第2の首都を誕生させる必要性に言及した。

Rポリティークのスタノバヤ氏は「軍の影響力は今後も増大するだろう」と言う。「プーチンは、ロシアが戦争状態にあると考えている」

(翻訳:エァクレーレン)

ロイター
Copyright (C) 2018 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ドル一時急落、154円後半まで約2円 介入警戒の売

ワールド

中国主席「中米はパートナーであるべき」、米国務長官

ビジネス

円安、物価上昇通じて賃金に波及するリスクに警戒感=

ビジネス

ユーロ圏銀行融資、3月も低調 家計向けは10年ぶり
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された米女優、「過激衣装」写真での切り返しに称賛集まる

  • 3

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」──米国防総省

  • 4

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 5

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    「鳥山明ワールド」は永遠に...世界を魅了した漫画家…

  • 8

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 8

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中