コラム

「AI大国、中国脅威論」の5つの誤解 米戦略国際問題研究所のパネル討論会から

2019年10月08日(火)14時35分

それだけではない。「デジタル化、クラウド化、センサー化において中国企業は世界水準から大きく遅れている。大手小売チェーンのサプライチェーンの最適化などに、解像度の高い地形図、天気図、リモートセンサーデータなどが必要となるが、中国では安全保障上の理由でこうしたデータの利用に規制がかかっている」とCarter氏は話す。

C向けアプリなどで大成功する中国テック大手だが、次の大きな波であるB向けAIでは、中国は正確なデータを取れる状況にはなっておらず、このままでは米国に水を開けられることになりかねないということらしい。

誤解5:輸出規制は有効

国家の安全保障の見地から、ハイテク製品の輸出規制は不可欠。しかしAIで米中が深く相互依存している中で、輸出規制などできるのだろうか。「官民でしっかりと協議する必要がある。規制品目を間違えば、イノベーションの妨げになるどころか、世界市場での競争力を失う結果になり、ひいては米国の安全保障さえ危機に陥る可能性がある」とWilson氏は言う。

まずAI技術の中で民間技術と軍事技術の線引きが難しい。「自動走行車と自動走行タンクの違いは、大砲がついているかどうかしかない」とCarter氏は笑う。民間に使えるAI技術の多くは、簡単に軍事技術に応用できてしまうのだ。

とはいえなんらかの規制は必要。Toner氏は「基礎技術は規制できない。応用技術で規制するしかない。軍事に関与する製品や技術は規制が可能なのではないか」と提案する。Triolo氏は「半導体は米国が先行している。半導体の輸出規制は可能かもしれない」と言う。

「線引きで完璧にうまくいく方法は多分ない。商務省が引き続き民間とオープンな議論を行うしかない」とWilson氏は結論づけた。

個人的に気になった点

さて最後に、この討論会を聞いていて、個人的に気になった点を幾つか述べたい。

まずは「AIの最大の価値はB向けにある」というCarter氏の意見。Google、Amazon、テンセント、アリババと、これまでC向けのテック企業が脚光を浴びてきたが、B向け企業がこれからAIを導入することで、大きく伸びる可能性があるという話が面白かった。イメージだけかもしれないが、中国の製造業は日本に比べて運用が甘いように感じる。きれいに整備された工場でセンサーを配置し、データをAIで解析し、流通の最適化もAIで成果をあげることができれば、日本の製造業は再び力を取り戻すのではないだろうか。そんな期待が持てる意見だった。

もう1つは、中国の次の大きな波はヘルスケアだというTriolo氏の意見。米国のテックニュースを見ていてもAIの進化がヘルスケア領域に及び始めたのを感じる。やはり中国にもヘルステックの波が押し寄せようとしているのだと思った。

【著者からのお知らせ】
少人数制テクノロジービジネス勉強会「湯川塾」第50期は、「起業家の履歴書」がテーマ。クローズドな勉強会ならではの生々しい体験談が飛び出します。
http://thewave.teamblog.jp/archives/1075706053.html

20191015issue_cover200.jpg
※10月15日号(10月8日発売)は、「嫌韓の心理学」特集。日本で「嫌韓(けんかん)」がよりありふれた光景になりつつあるが、なぜ、いつから、どんな人が韓国を嫌いになったのか? 「韓国ヘイト」を叫ぶ人たちの心の中を、社会心理学とメディア空間の両面から解き明かそうと試みました。執筆:荻上チキ・高 史明/石戸 諭/古谷経衡

プロフィール

湯川鶴章

AI新聞編集長。米カリフォルニア州立大学サンフランシスコ校経済学部卒業。サンフランシスコの地元紙記者を経て、時事通信社米国法人に入社。シリコンバレーの黎明期から米国のハイテク産業を中心に取材を続ける。通算20年間の米国生活を終え2000年5月に帰国。時事通信編集委員を経て2010年独立。2017年12月から現職。主な著書に『人工知能、ロボット、人の心。』(2015年)、『次世代マーケティングプラットフォーム』(2007年)、『ネットは新聞を殺すのか』(2003年)などがある。趣味はヨガと瞑想。妻が美人なのが自慢。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

米・イランが間接協議、域内情勢のエスカレーション回

ワールド

ベトナム共産党、国家主席にラム公安相指名 国会議長

ワールド

サウジ皇太子と米大統領補佐官、二国間協定やガザ問題

ワールド

ジョージア「スパイ法案」、大統領が拒否権発動
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 3

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの過激衣装にネット騒然

  • 4

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 5

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 6

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 7

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 8

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 9

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 10

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story