コラム

幻覚系ドラッグによる宗教的「悟り」は本物か偽物か

2018年06月28日(木)16時40分

彼だけのせいではないが、リアリーというスター教授の貢献でサイケデリック・ドラッグは悪名が高くなり、まともな研究ができない状態が続いてきた。だが、最近になって、シロシビンやLSDを治療として使う研究が進められているという。

シロシビンやLSDは、現在アメリカで大問題になっているヘロインなどとは異なり依存性がない。潜在的な精神疾患を持っている人は、サイケデリック・ドラッグが発症のトリガーになる可能性があるので禁忌だが、過剰摂取で死亡することもない。かえって、ヘロイン、タバコ、アルコール依存症から抜け出すために非常に有効だという結果が出ているという。

だが、それ以上に多くの興味をかきたてているのが「精神の拡張」や「宗教的体験」だ。マイケル・ポーランが取材した多くの人たちが、自我が解けて大きな世界と融合するような「悟り」の体験をしている。また、末期がんの患者がサイケデリック・ドラッグでの体験により死を恐れないようになり、「本当に大切なのは愛だ」という悟りを開き、1度の体験だけで心の平和を継続できたというケースもある。

もうひとつの大きな動きは、「サイケデリック・ドラッグが、これまでなかった発想を生み出し、クリエイティビティを増加させる」と信じる人達から生まれている。スティーブ・ジョブズはLSDの愛好者だったといわれるが、同じような理由で最近シリコンバレーでの愛用者が増えているという。

しかし、新しい技術や製品を生み出すための起動エネルギーになると信じる人が増えたら、乱用される恐れも出てくるだろう。

ノンフィクション作家としてのポーランの優れたところは、愛好者のポジティブな体験談を鵜呑みにせず、実際に自分で試しているところだ。しかも、異なるセッティングで何度も。マジックマッシュルームを1個全部食べるところでは、読んでいるこちらのほうが心配でハラハラしてしまう。

読者にとっては、悟りを開いた人たちの大絶賛よりも、ポーランの率直な体験談のほうが信頼できるし、興味深く感じる。ポーランは人生を変えるようなスピリチュアルな体験はしなかったが、家族への愛やつながりを確信するような幻覚を体験した。そのポジティブな効果はしばらく続いたが、強い肯定者が断言するように永久に続く悟りのようなものではなかったようだ。

一般人が知らないサイケデリック・ドラッグについてのポジティブな情報が多いが、「だからサイケデリック・ドラッグはすばらしい!」というセールストーク本にはなっていない。最初から最後まで、ポーランは健全な客観性を保っている。だからこそ、『How to Change Your Mind』は、読みごたえがあるノンフィクションになっている。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米EV税控除、一部重要鉱物要件の導入2年延期

ワールド

S&P、トルコの格付け「B+」に引き上げ 政策の連

ビジネス

ドットチャート改善必要、市場との対話に不十分=シカ

ビジネス

NY連銀総裁、2%物価目標「極めて重要」 サマーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story