コラム

ボブ・マーリー銃撃事件をベースに描く血みどろのジャマイカ現代史

2015年10月28日(水)15時30分

ボブ・マーリーのレゲエと思想は世界中の多くの人々に影響を与えた Hans Deryk-REUTERS

 50代後半以上の人なら、1978年にボブ・マーリーがジャマイカの首都キングストンで行った「One Love Peace Concert」のことを覚えているかもしれない。

 People's National Party(PNP)とJamaican Labour Party(JLP)という2つの政党の対立が内戦化していたジャマイカに平和をもたらすために、ボブ・マーリーが出演したコンサートだ。

 そのステージで、PNPとJLPのリーダーの手を繋がせたマーリーの姿は多くの人々の心に焼き付いている。

 だが、その2年前にも、同じようなコンサートが企画されていた。

 1976年12月、当時の首相だったマイケル・マンリーは、「Smile Jamaica」というボブ・マーリー出演の無料コンサートの開催を発表した。マーリーがそれを受けたのは、政治的対立による殺し合いを止めさせたかったからだ。

 ところが、そのコンサートの2日前、武装したギャング団がマーリーの自宅に押し入り、マーリーと妻、マネジャーを銃撃したのである。妻とマネジャー は重体だった(後に回復した)が、胸と腕を撃たれたマーリーは、怪我にもかかわらず8万人の観衆の前でコンサートをやり遂げた。

 当時、PNPとJLPのどちらの政治リーダーもギャングを利用しており、その抗争の場はキングストンのゲットー、Tivoli Gardens(チボリガーデンズ)地区だった。「チボリガーデンズを支配する者がキングストンを支配し、キングストンを支配する者がジャマイカを支配する」と言われていた。マーリーを殺そうとしたのは、彼がPNPの首相をサポートしていると信じたJLP派のギャングだったと見られている。

 今月発表された今年のブッカー賞受賞作『A Brief History of Seven Killings』は、この1976年のボブ・マーリー銃撃事件を中心に、ジャマイカの血みどろの歴史を描いたものだ。ブッカー賞は、世界で最も権威がある文学賞のひとつで、ノーベル文学賞より重視する人は多い。サルマン・ラシュディ、カズオ・イシグロ、ヒラリー・マンテルなどの大物作家と同じ栄誉を今年得たのは、ジャマイカ出身で現在アメリカの大学で教鞭を取るMarlon James(マーロン・ジェイムズ)だ。

プロフィール

渡辺由佳里

Yukari Watanabe <Twitter Address https://twitter.com/YukariWatanabe
アメリカ・ボストン在住のエッセイスト、翻訳家。兵庫県生まれ。外資系企業勤務などを経て95年にアメリカに移住。2001年に小説『ノーティアーズ』(新潮社)で小説新潮長篇新人賞受賞。近著に『ベストセラーで読み解く現代アメリカ』(亜紀書房)、『トランプがはじめた21世紀の南北戦争』(晶文社)などがある。翻訳には、レベッカ・ソルニット『それを、真の名で呼ぶならば』(岩波書店)、『グレイトフル・デッドにマーケティングを学ぶ』(日経BP社、日経ビジネス人文庫)、マリア・V スナイダー『毒見師イレーナ』(ハーパーコリンズ)がある。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米EV税控除、一部重要鉱物要件の導入2年延期

ワールド

S&P、トルコの格付け「B+」に引き上げ 政策の連

ビジネス

ドットチャート改善必要、市場との対話に不十分=シカ

ビジネス

NY連銀総裁、2%物価目標「極めて重要」 サマーズ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS攻撃「直撃の瞬間」映像をウクライナ側が公開

  • 3

    サプリ常用は要注意、健康的な睡眠を助ける「就寝前の適切な習慣」とは?

  • 4

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 5

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 6

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミ…

  • 7

    「TSMC創業者」モリス・チャンが、IBM工場の買収を視…

  • 8

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 9

    元ファーストレディの「知っている人」発言...メーガ…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story