コラム

マクロンも羨む日本の定年引き上げ、フランスで「70歳定年」とは絶対に言えない

2020年02月14日(金)18時40分
西村カリン(AFP通信記者)

高齢者が仕事を続ける日本の環境は、先進国では珍しい TORU HANAI-REUTERS

<フランスの65歳以上は働きたくないと思っているので、大統領が定年延長や年金制度について発言すれば総スカンを食らうことに>

1月20日午後2時。第201回国会における施政方針演説で、安倍晋三首相は「高齢者のうち8割の方が、65歳を超えても働きたいと願っておられます。人生100年時代の到来は、大きなチャンスです。働く意欲のある皆さんに、70歳までの就業機会を確保します」と述べた。テレビを見ていた私はこう思った。「日本の首相だから、こんなことが言える」

なぜなら、フランスで大統領が定年の延長や年金制度について発言すると、必ず数十万人規模のデモが起きてしまうからだ。

65歳以上のフランス人は、絶対に働きたくないと思っている。ちょうどフランスでは昨年12月にストライキが起き、電車、地下鉄、バス、学校などが何日も停止状態だった。一部は今も収まっていないが、理由はエマニュエル・マクロン大統領が提案した年金制度改革だ。

主な争点は「régimes spéciaux」、いわゆる年金の特別制度だ。公務員など一部の労働者は歴史的に、給付条件が特にいい。国営鉄道会社の運転手が最も代表的な例だ。100年前には大変できつい仕事だったので、51歳での定年退職が可能だった。それが今も変わらないまま。こんな例がたくさんあるが、大統領がそれを変えようとすると、ものすごい批判を受ける。しかも、世論は必ずしもストライキに反対しているわけではない。

退職年齢を上げてもデモが起きないのはすごい

年金制度改革への反対運動が起きるのは初めてではない。1953年にもあったし、1995年にも約1カ月間のストや200万人が参加するデモがあった。当時のシラク政権は結局、制度改革を諦めたので、今も42種類の特別制度が存在している。財政的にも、社会的にも、政治的にももはや続けられない制度であるにもかかわらず、今回も政府が反対派に負ける可能性がある。非常に厳しい状況と言っても過言ではなく、問題の解決方法は見当たらない。

日本の状況を見て、フランス人政治家は多分「羨ましい」と思っているだろう。もちろん、高齢化社会が望ましいわけではないけれど、日本政府が定年退職の年齢をだんだんに引き上げても反対運動が起こらないことは、フランス人からすればすごいことだ。経済力が足りなかったり、社会での役割を果たしたりするために仕事を続ける高齢者の割合が高い日本の環境は、先進国でも珍しいのではないかと思う。

プロフィール

外国人リレーコラム

・石野シャハラン(異文化コミュニケーションアドバイザー)
・西村カリン(ジャーナリスト)
・周 来友(ジャーナリスト・タレント)
・李 娜兀(国際交流コーディネーター・通訳)
・トニー・ラズロ(ジャーナリスト)
・ティムラズ・レジャバ(駐日ジョージア大使)

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story