コラム

ベルリンが「ブロックチェーンの首都」になった理由

2020年12月07日(月)17時00分

人々のための暗号化

ブロックチェーンを活用することで契約内容の改ざんを防止し、取引の透明性を証明するスマート・コントラクトのような応用事例は、従来のビジネスに信頼性や新たな価値を与え、これまで不可能だった新たなビジネスモデルを可能にする。その領域は金融、保険、ネット広告(広告バナーの正確なリーチ測定やクリック詐欺の防止)、エネルギーをはじめとするライフライン、住宅、プライバシーや環境保護など多岐にわたる。

ブロックチェーンは、暗号通貨ビットコインの公開トランザクション台帳として機能するために、2008年にSatoshi Nakamotoという名前を使用した人物(またはグループ)によって発明された。サトシ・ナカモトの正体は今のところ不明である。物理的な現金とは異なり、デジタル・トークンは、複製または改ざんされる可能性のあるデジタル・ファイルで構成されている。ビットコインは、ブロックチェーンの発明により、信頼できる機関や中央サーバーを必要とせずに、二重支払い(Double-spending)の問題を解決した最初のデジタル通貨になった。

ブロックチェーンは2008年に登場したアイデアだが、それ以前、1980年代後半にサンフランシスコで生まれたクリプト・アナーキズム(暗号無政府主義)が源流だと考えられている。これにより、サイファーパンク運動のルーツを確認することができる。

現代のデータ・プライバシー保護議論の源流「サイファーパンク」

1992年、暗号化(Cypher)と当時SFの世界でブームとなっていたサイバーパンク(Cyberpunk)を合体して、社会や政治を変化させる手段として強力な暗号技術の利用を推進するサンフランシスコの活動家のグループが、自らを「サイファーパンク」と名乗り、その後世界的な運動となっていった。

サイファーパンクは、公的知識(社会、政治、経済、科学に関する知識)の厳格な開示と、私的知識(個人に関する知識、個人的な知識)の秘匿を要求する。したがって、あらゆる形態の私的知識は一般の人々から隠されるべきだが、一般の知識は誰もがアクセスできるべきだと主張する。この理想は現代のデータ・プライバシー保護の議論にも受け継がれている。

初期のサイファーパンクの1人である数学者で暗号研究家のエリック・ヒューズは、運動の理想とビジョンを示した「サイファーパンク・マニフェスト」(1993年)を著した。このマニフェストは、今日のデータ監視社会にも深い関連性を示している。ほとんどの人がまだインターネットについて考えていなかったときに、初期のメンバーは未来を予見していた。

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アメリカの数学者、暗号研究者、コンピュータ・プログラマーで、初期のサイファーパンクの一人で、「サイファーパンク・マニフェスト」を起草したエリック・ヒューズ。Photo from the following via: https://soundcloud.com/cryptoanarchywiki

サイファーパンク・マニフェスト

ヒューズはマニフェストの冒頭で、「電子時代の開かれた社会にはプライバシーが必要である。プライバシーは秘密ではない。個人的な事柄は全世界に知られたくないもので、秘密の事柄は、誰にも知られたくないものだ。プライバシーは、自分自身を選択的に世界に開示する力である」と記述した。さらにサイファーパンクたちのメーリングリストでは、「サイファーパンクの私の主な目標は、誰かにプライバシー保護を提供してもらうのではなく、人々に自分のプライバシーを守らせることだ」と書いている。

プライバシーを秘匿の中に閉じ込めるのではなく、「選択的に自身を世界に開示する力」であり、プライバシーの権利と「義務」を名言したヒューズの理念は、現在のデータ保護の核心でもある。自らのデータをいかに公益に資するために公開できるのか? GAFAに不透明に収集されてきたデータ・プライバシーを個人の権利と義務に引き寄せることで、デジタル自己主権の回復というテーマと直接リンクするからだ。

シリコンバレーのビッグテックが、人々のデータ・プライバシーをマネタイズする方法を開発して以来、世界はデータとなった「わたし」がいかに危険な状況にあるかを自覚しはじめている。

プロフィール

武邑光裕

メディア美学者、「武邑塾」塾長。Center for the Study of Digital Lifeフェロー。日本大学芸術学部、京都造形芸術大学、東京大学大学院、札幌市立大学で教授職を歴任。インターネットの黎明期から現代のソーシャルメディア、AIにいたるまで、デジタル社会環境を研究。2013年より武邑塾を主宰。著書『記憶のゆくたて―デジタル・アーカイヴの文化経済』(東京大学出版会)で、第19回電気通信普及財団テレコム社会科学賞を受賞。このほか『さよならインターネット GDPRはネットとデータをどう変えるのか』(ダイヤモンド社)、『ベルリン・都市・未来』(太田出版)などがある。新著は『プライバシー・パラドックス データ監視社会と「わたし」の再発明』(黒鳥社)。現在ベルリン在住。

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