コラム

トランプの世界観:イラン制裁再開で何を目指すのか

2018年05月28日(月)17時30分

正当性のない要求と制裁

過去のアメリカとイランの関係を考えれば、トランプ大統領の要求は全く非合理的なものとは言い切れない。また、イスラエルとの同盟関係やサウジアラビア・湾岸諸国との関係を考えても、イランの地域における覇権的行為に対して何らかの手を打たなければならないと考えるのも違和感があるわけではない。

しかし、いかに嫌悪感があろうとも、その国と共存していかなければならないのが国際政治の常であり、自らの思い通りに他国の運命を左右することは、主権国家システムの元では無理な話である。同盟国に対する脅威であったとしても、その脅威の対抗手段として核合意を離脱するというのは合点の行くものではない。これまで機能しているイラン核合意から一方的に離脱するのはアメリカの自由であるとしても、新たな制裁を科し、イランに対して何かを要求するには、その正当性が不足している。

本来、制裁とは何らかの政策的な目的を実現するための手段であり、その目的が正当なものであると認められる限りで国際的な協力を得られるものである。国連憲章において制裁は「非軍事的強制措置」であり、武力を用いた強制措置(湾岸戦争のような集団安全保障に基づく武力行使)の一歩手前の強い措置と位置づけられている。安保理決議に基づく国連制裁が実施出来ない状況であっても、ロシア制裁のように、クリミア半島の強引な併合のような国際法違反・国際秩序の力による変更を止めさせるための制裁という形で正当化される必要がある。

イランの行為は中東の国際秩序を力で変更するものと言うことも不可能ではないが、他国の内戦に介入するのはアメリカも同様であり(アメリカもシリア、イエメン内戦には関与している)、他国への介入を制裁の根拠とするには限界がある。アサド政権は国際的な非難の対象ではあるが、アサド政権の化学兵器による攻撃に直接的にイラン(ないしはその盟友関係にあるレバノンのヒズボラ)が関与しているという証拠は十分存在しているとは言えない。

イランのミサイル開発は防衛的なもの(イランはそのように主張している)として、また抑止のための手段として保持することを禁ずる国際的なルールはない(安保理決議2231では「核兵器を搭載する設計のミサイル」の発射は禁じられている)。つまり、アメリカは今回の核合意離脱と制裁再開に対して「イランが気に入らないから制裁する」という理屈しか提供していない。

ゆえに新たなアメリカの制裁に対して、多くの国が反対し、彼らの協力を得られるような状況にはない。制裁を効果的にする上で、多くの国が協力することは重要である。なぜなら、他の国の協力がなければ制裁は抜け穴だらけになり、その効果が得られないからである。北朝鮮の場合、経済的に大きく依存しているのは中国であるため、アメリカが北朝鮮に圧力をかけるために制裁を科す際、中国の協力が不可欠である。イランの場合、長期的にアメリカとの国交がなかったため、経済的な依存度は小さい。そのため、イランが経済的に依存する欧州の協力が不可欠となる。

アメリカが持つ制裁手段の強大な影響力

しかしながら、北朝鮮の場合とは違い、イランとの経済関係が薄くてもアメリカはイランに強い制裁をかけることが出来る。

それは、第一にドルが基軸通貨である、という点に依っている。イランの主力輸出品である原油の決済が世界的にドルで行われるため、イランとの取引にドルの使用を禁ずるだけでイランの原油輸出を制限することが出来る。これは、ドルの決済をする際、イランの銀行がアメリカ国内に設けている銀行口座を介して行われるため、アメリカの管轄権を経由することになるため、その時点で米財務省が介入し、その取引を停止することが出来るのである。これによって、イランの原油取引には強い制約がかけられるが、しかし、ユーロなど他の通貨で決済することも不可能ではない。イランも既に国際的な決済通貨をドルからユーロに変えている。

しかし、仮にドルを使わなくてもアメリカはイランに対して強い影響を与えることが出来る。それがいわゆる「二次制裁」と言われるものである。二次制裁とは、イランと取引をした非米国企業に対して、アメリカ国内での経済活動を禁じたり、営業許可を取り上げたりすることを意味する。もし日本企業がイランと取引をしたと見なされた場合、その企業は米国での営業を諦めるか、それとも莫大な課徴金を支払って営業継続するか、という選択肢が与えられる。

多くの企業にとってアメリカ市場から得られる利益は課徴金よりも大きいため、課徴金を支払う選択をするが、その前に、そうした対象にならないよう、イランとの取引を避けるようにするであろう。これが「二次制裁」の威力である。欧州各国は既にフランスのトタル(石油)、イタリアのダニエリ(鉄鋼)、イギリスのBP(石油)、ドイツのシーメンス(機械)、アリアンツ(保険)などの企業が進出していたが、アメリカの制裁再開を受けて、いずれもイランから撤退する方針を明らかにしている。

当然ながら、こうした「二次制裁」は各国からの強い批判に遭遇しており、EUは1996年に成立した「ブロッキング規程(Blocking Statute)」と呼ばれる、アメリカ法の域外適用を拒否し、被害を受けた企業に財政的な補償を行うルールがあり、それを再強化するという準備を進めている。1996年にこの規程が作られたのは、キューバに対するアメリカの一方的な制裁に対して欧州企業を守るためだったが、このときはアメリカが政治的な配慮から欧州企業に制裁を科さなかった。しかし、今回のイランに対する再制裁では欧州企業が狙い撃ちにされると見られており、このブロッキング規程の効果は限られているだろう。

プロフィール

鈴木一人

北海道大学公共政策大学院教授。長野県生まれ。英サセックス大学ヨーロッパ研究所博士課程修了。筑波大大学院准教授などを経て2008年、北海道大学公共政策大学院准教授に。2011年から教授。2012年米プリンストン大学客員研究員、2013年から15年には国連安保理イラン制裁専門家パネルの委員を務めた。『宇宙開発と国際政治』(岩波書店、2011年。サントリー学芸賞)、『EUの規制力』(共編者、日本経済評論社、2012年)『技術・環境・エネルギーの連動リスク』(編者、岩波書店、2015年)など。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ロシアとの戦争、2カ月以内に重大局面 ウクライナ司

ビジネス

中国CPI、3月は0.3%上昇 3カ月連続プラスで

ワールド

イスラエル、米兵器使用で国際法違反の疑い 米政権が

ワールド

北朝鮮の金総書記、ロケット砲試射視察 今年から配備
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:岸田のホンネ
特集:岸田のホンネ
2024年5月14日号(5/ 8発売)

金正恩会談、台湾有事、円安・インフレの出口......岸田首相がニューズウィーク単独取材で語った「次の日本」

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加支援で供与の可能性

  • 4

    過去30年、乗客の荷物を1つも紛失したことがない奇跡…

  • 5

    「少なくとも10年の禁固刑は覚悟すべき」「大谷はカ…

  • 6

    ウクライナの水上攻撃ドローン「マグラV5」がロシア…

  • 7

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 8

    礼拝中の牧師を真正面から「銃撃」した男を逮捕...そ…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    この夏流行?新型コロナウイルスの変異ウイルス「FLi…

  • 1

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 2

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 3

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 6

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 7

    テイラー・スウィフトの大胆「肌見せ」ドレス写真...…

  • 8

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが......…

  • 9

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 7

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 8

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story