最新記事
韓国

「パラサイト」出演、スター俳優イ・ソンギュンを殺した韓国社会の不寛容

No Mercy for “Druggies”

2024年1月16日(火)19時20分
ウヌ・リ(ライター)
2020年2月にアカデミー賞授賞式に出席した『パラサイト』チーム(中央がイ・ソンギュン)。韓国で薬物乱用の烙印を押されることは社会的殺人に等しい JEFF KRAVITZーFILM MAGIC/GETTY IMAGES

2020年2月にアカデミー賞授賞式に出席した『パラサイト』チーム(中央がイ・ソンギュン)。韓国で薬物乱用の烙印を押されることは社会的殺人に等しい JEFF KRAVITZーFILM MAGIC/GETTY IMAGES

<薬物検査が何度陰性でも容赦なし。違法薬物を嫌悪する世間のつるし上げが、イ・ソンギュンを自死に追い込んだ>

2001年、テレビドラマに初出演したときから、イ・ソンギュンは甘い声と親しみやすい笑顔で観客の心をつかんだ。その後はジャンルを超え、切ないロマンスから手に汗握るサスペンスまであらゆる映画で活躍した。

韓国の格差社会を痛烈に風刺し非英語の映画として初めてアカデミー賞作品賞に輝いた『パラサイト 半地下の家族』(19年)で、国際的名声を獲得。21年に公開されたアップルTVプラスのSFドラマ『Dr.ブレイン』では、国際エミー賞の主演男優賞にノミネートされた。

そのイが昨年12月27日、ソウル市内に止められた車の中で遺体となって発見された。享年48。死因は自殺とみられる。生前彼は違法薬物を使用した容疑で、警察の取り調べを受けていた。

訃報には世界中の映画ファンが衝撃を受け、誰もが偉大な才能の喪失を嘆いた。少し深く調べた人は、イは実のところ、尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が主導する「麻薬との戦争」の最新の犠牲者であることに気付いただろう。

だがイの死の背景は、もっと複雑だ。近代社会学の祖とされるフランスの社会学者エミール・デュルケームは、自殺というのは決して個人的な行為ではなく、ある特定の社会の集合的傾向と熱狂の表れであり、結果であると論じた。

人は社会の参加者であると同時に、時に社会の規範や慣習の犠牲となる。社会が及ぼす精神的圧力に耐えられず、未来が見えなくなった場合の自殺を、デュルケームは「宿命的自殺」と定義した。

この概念は「社会的殺人」にも当てはまる。社会が苦しんでいる人を追い詰め、死ぬ以外の選択肢を奪うのが社会的殺人だ。通常は弱者をないがしろにする経済政策などを論じる際に使われる表現だが、イの自殺もこれに相当する。

「推定無罪」の原則は?

ではイ、そして薬物常用者の烙印を押された人々に韓国はいったい何をしたのか。

韓国社会は一丸となってイをつるし上げ、社会的に葬り去った。発端は昨年10月に警察が、イを違法薬物使用の容疑で内偵捜査しているとの情報をメディアにリークしたことだった。

韓国の刑法は、捜査中の被疑者の情報を公開することを禁じている。証拠不十分で不起訴になる可能性を念頭に置き、被疑者が不当に世間の注目を浴び、汚名を着せられるのを避けるための措置だ。だが警察もメディアもこの原則をたびたび無視してきた。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米新規失業保険申請、20万8000件と横ばい 4月

ビジネス

米貿易赤字、3月は0.1%減の694億ドル 輸出入

ワールド

ウクライナ戦争すぐに終結の公算小さい=米国家情報長

ワールド

ロシア、北朝鮮に石油精製品を輸出 制裁違反の規模か
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 2

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 5

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 6

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 7

    「複雑で自由で多様」...日本アニメがこれからも世界…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    中国のコモディティ爆買い続く、 最終兵器「人民元切…

  • 10

    「みっともない!」 中東を訪問したプーチンとドイツ…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 8

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中