最新記事

戦争

在日朝鮮人戦犯、最後の生存者 歴史の片隅に追いやられた75年

2020年8月14日(金)17時45分

何も知らない人には、95歳の李鶴来さん(写真)は高齢化する日本社会で長生きする老人の1人にしか見えないかもしれない。写真は6月、都内の自宅で、1942年にタイの日本軍捕虜収容所で撮影された写真を手にする李さん(2020年 ロイター/Kim Kyung-Hoon)

何も知らない人には、95歳の李鶴来(イ・ハンネ)さんは高齢化する日本社会で長生きする老人の1人にしか見えないかもしれない。東京の郊外で暮らす李さんは、家族の写真やひ孫たちの描いた絵を飾った居間で陶芸に興じている。

しかし李さんの心は、その後の彼の人生を決定づけた75年前の残酷な出来事にずっととらわれてきた。

1942年、占領下にあった朝鮮半島で日本の軍属になったこと、タイとビルマ(現ミャンマー)を結ぶ泰緬鉄道の建設に関わったこと、戦後に戦争犯罪人になったこと、そして日韓両国から歴史の片隅に追いやられたこと──。

日本政府は1951年に調印されたサンフランシスコ講和条約で主権を回復、その2年後から旧軍兵士に恩給を支払ってきた。戦犯とその遺族も支給対象に含まれる。さらに東京の靖国神社には、戦争を指導したA級戦犯を合祀している。

しかし日本のために戦った朝鮮人は、講和条約で日本国籍を失った。これは恩給を受ける資格を失ったことを意味する。韓国籍となった李さんにとって重要なのは、日本人兵士には与えられた世の中の関心、そして幕引きした感覚を得られなかったことだ。

「私の話を聞いてくれ。なぜ彼らは私たちを違うように扱うのか」。韓国語と日本語が入り混じりながら、かろうじて聞こえるような声で言う。「不公平だし、何の意味もない。この信じられないような状況をどう受け入れればいいのか」

李さんが握りしめる端の折れ曲がった書類や切り抜きは、自身の存在と賠償を訴えるために使ってきたものだ。

李さんは戦犯となった在日朝鮮人148人の最後の生存者だ。23人の刑が執行され、李さん自身も1947年、絞首刑による死刑判決を受けた。のちに上告で20年に減刑、1956年に東京・巣鴨の拘置所を出た。

第2次世界大戦には 約24万人の朝鮮人男性が日本兵として参加した。連合国軍は戦後、戦犯容疑者を一斉に捕らえた。朝鮮人も日本人と同じように扱われたと、歴史家は指摘する。

「戦争犯罪で有罪判決を受けた朝鮮人は、他の朝鮮人からは日本への協力者とみなされた。日本政府からは元日本兵として認められず、戦後はひどい目に遭った」と、オーストラリア国立大学のロバート・クリッブ教授は言う。「自国民にだけ恩給を支給し、日本軍の一部だった朝鮮人に支給しなかったのは不公平だ」と、同教授は指摘する。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米CPI、4月は前月比+0.3%・前年比+3.4%

ワールド

米大統領選、バイデン氏とトランプ氏の支持拮抗 第3

ビジネス

大手3銀の今期純利益3.3兆円、最高益更新へ 資金

ワールド

ニューカレドニアの暴動で3人死亡、仏議会の選挙制度
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 8

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中