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インタビュー

「正しさ」から生まれた「悪」を直視する──哲学者・古賀徹と考える「理性と暴力の関係」

2020年7月30日(木)16時40分
Torus(トーラス)by ABEJA

古賀:指導教官の勧めで博士課程で改めて哲学を学び、30歳のとき「技術の人間化」を理念に掲げていた九州芸術工科大学(現・九州大学芸術工学研究院)の教員になりました。活動家一直線だったのに、かつて自分が批判の矛先を向けていた国立大学の教員になってしまったわけです。

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キツイからテンプレに逃げる

古賀:昨年、大学で「未来の新聞をデザインする」という授業で、『殺される側の論理』という本を取り上げました。元新聞記者の本多勝一さんが、差別する側とされる側の構造をつきつけた本です。

最初の章に「母親に殺される側の論理」について書かれています。本多さんの妹が脳性まひなのですが、当時脳性まひの子が母親に殺される事件が起きていたのです。お母さんが妹と一緒に死のうと川のそばまで行った日のことを回想しながら、母親に同情的だった当時のメディアの論調に、本多さんは異議を唱えたんですね。


我々とこの問題を話し合った福祉関係者の中にも又新聞社に寄せられた投書にも『可哀そうなお母さんを罰するべきではない。君達のやっていることはお母さんを罪に突き落とすことだ。母親に同情しなくてもよいのか』等の意見があったが、これらは全くこの"殺意の起点"を忘れた感情論であり、我々障害者に対する偏見と差別意識の現われといわなければなるまい。これが差別意識だということはピンとこないかもしれないが、それはこの差別意識が現代社会において余りにも常識化しているからである。(『殺される側の論理』母親に殺される側の論理より)

古賀:殺された脳性まひの子どもたちの、かつてたしかに「在った」はずの、だがいまはもうそこに「ない視点」に立つようジャーナリストは努力しないとダメなんだ、と本多さんはいうのです。

これは僕が哲学の世界に入るきっかけになった水俣をめぐる報道にも通じるところがあるんですね。

公害の実態を目の当たりにして「こんなヒドイことが起こってる」、「世の中に知らせなきゃいけない」と思うのは、1つの視点です。でも当事者の視点に立つという発想がなかったら、自分が職業としてやっていくための"素材"として都合よくそれを使っているに過ぎないとも言える。学問が出世の道具になるように、報道もそうなる。だからあらかじめ持っていた図式をそのまま当てはめたような記事になりかねない。

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──ここでもテンプレ化が。

古賀:そうです。テンプレ化された枠組みでも「事実」は把握できるとジャーナリストは思っている。でも自分の中に在るものをただ投影して反復しているだけです。「事実」とは無縁です。撮る自分、書く自分の中に、常に「これでいいのか?」がないと。事実の力に押されて、テンプレを壊そうと努力するとき、はじめて自分の言葉というものが出てくる、と僕は思うんです。

だから、ジャーナリストは自身がそれまで持っていた視点そのものを不可能にしていくような領域まで踏み込んでいく必要がある。それをやらないと、自己方法化、つまり取材方法や文章がテンプレ化し、ものの見方も固まっていってしまう。そして「在るもの」を在るものとして把握できなくなっていくんです。

本来のジャーナリズムは、自分が持つ視点そのものが不可能になるような自己反省、自己批判、自己解体であって、そこまで踏み込み、自分の視点が壊れていくさまをリアルに報告するところまで行かないと「事実とは何か」に到達できないと思います。

それは非常にキツイ作業です。「自分は中立的に出来事を報道しているのだ」「対立する双方の見解を載せて、判断の素材を読者に提供しているのだ」というものの言い方で、そうした作業を簡単に回避できてしまいますし。

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