最新記事

日本に迫る医療崩壊

日本で医療崩壊は起きるのか? 欧米の事例とデータに基づき緊急提言

THE HEALTHCARE SYSTEM AT WAR

2020年4月21日(火)17時10分
國井修(グローバルファンド〔世界エイズ・結核・マラリア対策基金〕戦略投資効果局長)

例えば、イタリアのある地域では、平時なら緊急電話にかけると20秒以内に応答し、90秒以内に救急車が出動し、30分以内に患者は病院の処置室に到着していた。だが新型コロナ感染拡大により、緊急電話回線がパンクし、救急隊員が感染し、救急車が汚染されて、心臓発作の患者が救急車を呼ぶのに1時間も電話がつながらない事態に陥っているという。

さらに、滝のような勢いで水を注ぐと、コップ自体が破壊され、提供できるサービスの量も質も下がることがある。本来なら新型コロナの重症患者を救える病院でも、十分なサービスが提供できず、死なせてしまうこともある。

医療崩壊リスクを測る「ハコ」「ヒト」「モノ」

どの時点で医療崩壊を起こすのか。それにはコップの容量、保健医療サービスの供給能力を測る必要がある。その重要な要素が「ハコ」「ヒト」「モノ」だ。「ハコ」とは病院や病床、さらに救急車や検査施設など。「ヒト」とは医療従事者や救急隊員、保健所職員など。「モノ」とは防護具や人工呼吸器、さらに「最後の砦とりで」と呼ばれる体外式膜型人工肺(ECMO)、検査機器・用品などである。

ここで、いわゆる医療崩壊が起きている国(イタリアとスペイン)と今のところ持ちこたえている国(ドイツと日本)を比較してみたい。

まずは「ハコ」だ。人口1000人当たりのベッド数は、イタリア3.2、スペイン3.0に対して、ドイツ8.0、日本13.1で、大きな開きがある。特に、日本の病院数と病床数は世界一だ。しかし、チャート2のとおり、人口10万人当たりの集中治療室(ICU)の病床数は、ドイツが圧倒的に多いが、日本はイタリアに比べても半数ほどだ。

magSR200428-medchart02.jpg

4月28日号「日本に迫る医療崩壊」特集21ページより

次に「ヒト」。人口1000人当たりの医師数は、イタリア、スペイン、ドイツはほぼ同じだが、日本は少ない。一方、人口1000人当たりの看護師数は、イタリア、スペインに対して、ドイツ、日本は2倍ほど多い(チャート3)。

magSR_chart3.png

4月28日号「日本に迫る医療崩壊」特集21ページより

そして「モノ」はどうか。人口10万人当たりの人工呼吸器は、イタリアの12台に対し、ドイツは34台、日本は20台である。医療用マスクやゴーグル、フェイスシールドなどの防護具に関する正確な統計はないが、世界の多くの国で不足し、同じマスクを繰り返し使い、ビニール袋などをシールドとして使っているという。

「ハコ」「ヒト」「モノ」以外の重要な指標として「カネ」がある。チャート4のとおり、GDPに対する保健医療支出の割合は、イタリア、スペインに対し、ドイツ、日本は高く、アメリカは断然トップだ。以上の統計を見ただけでも、医療崩壊が起きたイタリア、スペインでは感染拡大前から保健医療サービスの供給能力は高くなかったことがうかがえる。

magSR_chart4.png

4月28日号「日本に迫る医療崩壊」特集21ページより

しかし、現状はこの数字以上に厳しかったようだ。感染は国全体で均等に広がったわけでなく、一部の地域に集中したからである。イタリアでは北部のロンバルディア州で感染が爆発した。その結果、この地域の死亡率は国平均の3倍近くで、報告された感染者の5人に1人が死亡している。信じられない値である。

さらに、コップも破壊された。

イタリアでは4月9日までに約1万3000人の医療従事者が新型コロナに感染し、100人以上の医師と約30人の看護師が死亡し、スペインでも4月6日までに、全感染者数の14%に当たる1万9400人の医療従事者が感染した。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ナワリヌイ氏殺害、プーチン氏は命じず 米当局分析=

ビジネス

アングル:最高値のビットコイン、環境負荷論争も白熱

ビジネス

決算に厳しい目、FOMCは無風か=今週の米株式市場

ビジネス

中国工業部門企業利益、1─3月は4.3%増に鈍化 
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われた、史上初の「ドッグファイト」動画を米軍が公開

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    目の前の子の「お尻」に...! 真剣なバレエの練習中…

  • 5

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    美女モデルの人魚姫風「貝殻ドレス」、お腹の部分に…

  • 8

    19世紀イタリア、全世界を巻き込んだ論争『エドガル…

  • 9

    「気持ち悪い」「恥ずかしい...」ジェニファー・ロペ…

  • 10

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 6

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 7

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 8

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 9

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中