最新記事

新型コロナウイルス

緊急公開:人類と感染症、闘いと共存の歴史(全文)

MOVING TOWARD PLANETARY HEALTH

2020年3月30日(月)18時50分
國井修 (グローバルファンド〔世界エイズ・結核・マラリア対策基金〕戦略投資効果局長)

中国湖南省長沙市の駅を消毒するボランティア(2月4日) REUTERS

<何度も繰り返されてきたパンデミックとの闘い。新型コロナウイルスとの付き合い方は、歴史を学べば見えてくる──。感染症対策の第一人者、國井修氏による2020年3月17日号掲載の特集記事全文を、アップデートして緊急公開します>

歴史は繰り返す。

過去のSARS(重症急性呼吸器症候群)や新型インフルエンザ、エボラ熱の流行時と似たようなデジャブを感じる人も少なくないのではないだろうか。メディアは食い付き恐怖をあおり、SNSではフェイクや非難・中傷が行き交い、店からはマスクやトイレットペーパーがなくなり、便乗商法や悪質商法が横行する。

どうやら、これは現代のみならず、今から400年近く前にも同様の世相が見られたようだ。1630年にペストに見舞われたイタリア・ミラノを描いたアレッサンドロ・マンゾーニ著『婚約者(いいなづけ)』(1827年)には、外国人排斥、権威の衝突、専門家への軽蔑、暴走する世論、生活必需品の略奪、さらにユダヤ人が井戸に毒を投げ込んだというデマ、異分子への弾圧と迫害など、理性を失った人間が自らを恐怖の淵へと引きずっていく姿が描かれているという。

「見えない敵」は恐ろしく、実体より大きく感じてしまうもの。不安やパニックに陥ると人間は周りが見えなくなり、正しい判断がしづらくなるのはいつの時代でも同じらしい。

新型肺炎については、少しずつデータが出そろい、次第に敵の戦術や威力が見えてきた。中国、そして日本や韓国を含むアジアで感染者が流行し始めた頃は「思ったほど」怖くない相手と思っていた。3月初めごろまではそう思っていた欧米の専門家も多かったと思う。

しかし、欧州全域に広がり、死者が急増してから、このウイルスの「思ってもみなかった」威力も浮き彫りにされてきた。

私は学生時代にインドなどでコレラ、赤痢、マラリアなどにかかり、医師になってからは破傷風、デング熱、シャーガス病、リューシュマニア症、エボラ熱などの患者を診た。国連や国際機関を通じて、新型インフルエンザ、コレラ、HIV、マラリア、結核などの感染症対策にも当たってきた。

そんな私から世界の状況を見ると「なぜこんなに騒いでいるのか? 世界にはもっと騒ぐべきものがあるし、もっと注目すべきものがあるのに......」という本音もあった。

日本時間3月27日現在、世界の新型肺炎感染者数は202カ国・地域で51万2701人、うち2万3495人が死亡した。これに対して、昨年から今年(3月21日現在)の約6カ月間にアメリカのインフルエンザ流行による患者数は少なくとも推定3800万人、死者数2万4000人に上る。

有史以来、人類が闘い続けてきた結核は、今でも年間推定1000万人が発病し、150万人が死亡する。日本でも年間1万5000人が発病し、2200人が死亡する。日本国内の新型肺炎による患者数・死亡者数をはるかに超え、同じように飛沫感染する病気でありながら、結核に相応の注目は集まらない。

WHO(世界保健機関)の報告によると、新型肺炎感染者の8割は比較的軽症で、呼吸困難などを伴う重い症状や、呼吸不全や多臓器不全など重篤な症状、さらに死亡のリスクが高いのは60歳を超えた人や糖尿病、心血管疾患、慢性呼吸器疾患などの持病のある人だ。

8割が比較的軽症というのは安心材料で、感染しても無症状や軽い症状のため検査を受けていない人も含めると、この割合は実際にはもっと高いだろう。重症化しても、その半数が回復しているが、ウイルスによる肺炎には有効な薬がないことから治療が困難なことも確かだ。

ただし、新型肺炎でなくとも、統計上、日本では毎年9万人以上、1日平均で260人が肺炎で死亡しており、その多くが高齢者や基礎疾患のある人である。通常の季節性インフルエンザでも、日本では2018年の1年間で3000人(1日平均9人)以上が死亡しており、これらと新型肺炎の比較も重要である。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

「ECB利下げ開始確実」とポルトガル中銀総裁、6月

ビジネス

ECBは利下げ急がず、6月以降は慎重に=ラトビア中

ビジネス

英中銀、利下げ待つべき 物価圧力の緩和確認まで=グ

ビジネス

米新規失業保険申請、1万件減の22.2万件 労働市
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 2

    羽田空港衝突事故で「日航の奇跡」を可能にした、奇跡とは程遠い偉業

  • 3

    アメリカはどうでもよい...弾薬の供与停止も「進撃のイスラエル」は止まらない

  • 4

    老化した脳、わずか半年の有酸素運動で若返る=「脳…

  • 5

    半分しか当たらない北朝鮮ミサイル、ロシアに供与と…

  • 6

    総額100万円ほどの負担増...国民年金の納付「5年延長…

  • 7

    2023年の北半球、過去2000年で最も暑い夏──温暖化が…

  • 8

    共同親権法制を実施するうえでの2つの留意点

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    仰向けで微動だにせず...食事にありつきたい「演技派…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    「終わりよければ全てよし」...日本の「締めくくりの…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中