最新記事

難民

史上最高級の国際人、緒方貞子が日本に残した栄光と宿題

2019年10月30日(水)01時00分
前川祐補(本誌記者)

それを、官邸と外務省の逆襲と見る向きもあった。だが、そもそも日本社会が緒方を国連機関のトップになった人と言う程度にしか理解していなかったことが彼女の意思をフルに活用できなかった最大の原因だろう。

緒方貞子最大の功績。それは悲劇が生じた国から逃れようとも逃れられない人々を国内避難民として初めて国連による保護の対象にしたことにある。それまでも、当事国から出国した人々を難民条約に加盟する国は保護してきた。だが緒方は、出国できない難民も保護の対象としたのだ。その実現のために緒方が払った努力は並大抵のものではない。なぜなら、問題が生じた国に乗り込んで難民を保護すると言うことは、その国(大抵の場合、独裁的な行為が行われている国だ)に「内政干渉」すると言うことだからだ。

その壁を乗り越えて緒方は、「困っている人に国外も国内もあるものか」と、各国の外交官を説得して回った。その結果、湾岸戦争に端を発したイラク国内のクルド難民は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の支援を受けることができた。緒方の勇気ある行動で、一体どれだけの人命が救われただろう。どれだけの人々が希望を抱いて生きることができただろう。そして、今を生きているだろう。

残念なことに、そうした緒方の真髄を知る日本人は少ない。多くの日本人にとって緒方は、「国連で有名な人」「国際社会で有名になった日本人」−−そうした「世界が尊敬する日本人」と言う低レベルな理解に留まっている。それがために、緒方の理念と思想が日本社会に浸透することは今もって見られない。

いまだに難民の保護に無関心である現実が、それを雄弁に物語っている。92歳で逝った緒方は、現在の日本の状況を嘆いているだろう。それでも、難民と移民に対してかつてなく注目が集まっているこの時代、緒方の残した栄光を日本人が本当の意味で生かすことができる機会が訪れているのも事実だ。緒方の遺産を生かすのか潰すのか。彼女は今、天から見守っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

FRB、金利据え置き インフレ巡る「進展の欠如」指

ビジネス

米3月求人件数848.8万件、約3年ぶり低水準 労

ビジネス

米ADP民間雇用、4月は19.2万人増 予想上回る

ビジネス

EXCLUSIVE-米シティ、融資で多額損失発生も
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロシア空軍基地の被害規模

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉起動

  • 4

    ポーランド政府の呼び出しをロシア大使が無視、ミサ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    米中逆転は遠のいた?──2021年にアメリカの76%に達し…

  • 7

    「レースのパンツ」が重大な感染症を引き起こす原因に

  • 8

    パレスチナ支持の学生運動を激化させた2つの要因

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    大卒でない人にはチャンスも与えられない...そんなア…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドローンを「空対空ミサイルで撃墜」の瞬間映像が拡散

  • 4

    AIパイロットvs人間パイロット...F-16戦闘機で行われ…

  • 5

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 6

    日本マンガ、なぜか北米で爆売れ中...背景に「コロナ…

  • 7

    「すごい胸でごめんなさい」容姿と演技を酷評された…

  • 8

    中国の最新鋭ステルス爆撃機H20は「恐れるに足らず」…

  • 9

    ウクライナ軍ブラッドレー歩兵戦闘車の強力な射撃を…

  • 10

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 10

    「誰かが嘘をついている」――米メディアは大谷翔平の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中