最新記事

ヘイトスピーチ

「差別」投稿で選手を追放する危うさ

2019年6月22日(土)15時40分
ピーター・シンガー(プリンストン大学教授)

フォラウ(左)の投稿は本当にヘイトスピーチなのか MATT ROBERTS/GETTY IMAGES

<オーストラリア・ラグビー協会が、「憎悪表現」で看板選手の契約を解除したが過剰反応というほかなく、表現の自由を脅かしかねない>

サッカーと違って、ラグビーに「オウンゴール」は存在しない。だが、5月にイズラエル・フォラウ選手との契約を解除したオーストラリア・ラグビー協会の決定は、オウンゴールと言うほかない。これで、オーストラリア代表として73試合の出場歴を持つ看板選手が代表チームから追放されることになった。

この厳しい処分が下された理由は、フォラウが4月にインスタグラムに投稿した画像だ。そこには、「飲酒者、同性愛者、姦通者、嘘つき、姦淫者、盗人、無神論者、偶像崇拝者には......地獄が待っている」という言葉が記されていた。

誤解がないように述べておくと、この言葉は私の信条とは全く相いれない。私は地獄に落ちるとフォラウが信じるような筋金入りの無神論者だし、同性愛と異性愛の間に倫理的な差があるとも思わない。これはキリスト教の伝統的な教えそのものだ。保守派のキリスト教徒であるフォラウは、自らの信仰を表現したにすぎなかった。

投稿の内容は明らかに、新約聖書の「コリントの信徒への手紙一」で使徒パウロが伝えた言葉を下敷きにしている。もしパウロがオーストラリアのラグビー選手だったら、この手紙が公になった時点で解雇されていたことになる。

ところが、オーストラリア・ラグビー協会のレイリーン・キャッスルCEOは、フォラウの契約解除に関連してこう述べている。「ラグビーの世界では、性別、人種、出自、信仰、性的指向に関係なく、誰もが危険を感じず、受け入れられていると思えるべきである」

憎悪表現には当たらない

この考え方を前提にすると、今回の処分はおかしい。信仰の自由は、自らの信仰を公にしない場合に限って認められるということなのか。それは、同性愛者に対して、「自宅の寝室では何をしても自由だが、気分を害する人がいるかもしれないので、公の場所でいちゃついてはならない」と言い渡すに等しい。

19世紀イギリスの思想家ジョン・スチュアート・ミルが『自由論』で指摘したように、誰かが気分を害したという理由で表現や行動の自由を制限することを容認すれば、自由が全面的に失われる危険性が高まる。何か意味のあることを言おうとすれば、誰かの気分を害する可能性は常にある。

ミルの念頭にあったのは国家による規制だが、社員が自らの発言を理由に会社をクビになるようなことがあれば、それも言論の自由を脅かす。ラグビー代表選手にとってのラグビー協会のような唯一の雇用主の場合、その危険はひときわ大きい。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

過去の債券買い入れ、利上げ効果弱めた可能性=シュナ

ワールド

ポーランド、ウクライナ派兵を排除すべきでない=外相

ビジネス

旭化成、スウェーデンの製薬企業カリディタス買収 約

ビジネス

午後3時のドルは156円後半、月末取引で上値重い
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 2

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 5

    汎用AIが特化型モデルを不要に=サム・アルトマン氏…

  • 6

    カミラ王妃が「メーガン妃の結婚」について語ったこ…

  • 7

    プーチンの天然ガス戦略が裏目で売り先が枯渇! 欧…

  • 8

    エリザベス女王が「誰にも言えなかった」...メーガン…

  • 9

    コンテナ船の衝突と橋の崩落から2カ月、米ボルティモ…

  • 10

    トランプ&米共和党、「捕まえて殺す」流儀への謎の執…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 3

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 4

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃…

  • 5

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 6

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 7

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 8

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 9

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 10

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中