最新記事

ミャンマー

ロヒンギャ弾圧でスーチーへの同情が無用な理由

2018年10月27日(土)14時30分
前川祐補(本誌記者)

――スーチーを厳しく批判している。だが、ロヒンギャの人々ですら彼女に対する失望を示しつつも、軍による圧力のために彼女が自由に発言できないことを知っている。

スーチーへの同情には賛同できない。

――では、スーチーはロヒンギャに対して実質的に何ができる、あるいはできたと思うか。

彼女が12年にイギリスを訪れた10日前、ミャンマーで治安当局による大規模なロヒンギャ弾圧が行われた。その時、マバタや969運動やウィラトゥといった、ロヒンギャ弾圧を主導する過激派組織や人物の活動は今ほど際立ってはいなかった。

市民社会の中には反ロヒンギャの機運がまだ醸成されておらず、ロヒンギャに対するヘイトを受け入れる社会的余地も小さかった。ロヒンギャに対する軍の武器は銃器だけで、ヘイトをまき散らして世論を味方に付ける状況にはなかった。その後のロヒンギャ弾圧と虐殺は救える状況にあった。

ところが、ロンドン市内で開かれたシンポジウム に参加していたスーチーは、直前に起きたロヒンギャ弾圧についてだんまりを決め込んだ。私もその時、人権活動家として壇上に上がり、彼女の隣に座っていたので非常にショックを受けた。

私はシンポジウムの前日に主催者からロヒンギャ問題について答えてほしいと要請されていた。スーチーからも直接メールでロヒンギャ問題についての質問はあなたに任せるといわれた。当日、司会者は「この質問は、本当はスーチー氏に答えて頂きたかったのだが」と言っていたが、その通りだ。

この時ロヒンギャ弾圧を取り上げなかったことは、彼女が犯した最初の大きな過ちだ。当時、ロヒンギャ問題は今ほど注目を集めていなかったが、彼女はこの問題の考え方についての「基調(トーン)」や方向性を作ることができたはずだ。このとき既に事実上の次期国家指導者になることがほぼ確実だったのだから、スーチーがロヒンギャ問題について人道的な道筋を作っておけば現在のような悲劇を避けられたはずだ。

具体的に、彼女は少なくともこう発言すべきだった。「ロヒンギャの法的な立場(つまり国民かそうではないか)についてはさておき、私の政党が政権を取れば人権を最大限に尊重する」と。彼女自身、人権を踏みにじられた経験を持つではないか。無実の罪で逮捕され、軟禁を科されて自由を奪われた――。

ロヒンギャ問題において人権を優先させる方向性を示さなかったのは、今となっては取り返しのつかない初動ミスだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

印首相が反イスラム姿勢を軌道修正、選挙向けポーズと

ワールド

ロシア、英軍施設への反撃警告 ウクライナ支援巡る英

ビジネス

マーケット無秩序なら政府が必要な対応取る=神田財務

ワールド

プーチン大統領就任式、EU加盟国の大半が欠席へ 仏
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    翼が生えた「天使」のような形に、トゲだらけの体表...奇妙な姿の超希少カスザメを発見、100年ぶり研究再開

  • 2

    外国人労働者がいないと経済が回らないのだが...... 今も厳しい差別、雇用許可制20年目の韓国

  • 3

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国の研究チームが開発した「第3のダイヤモンド合成法」の意義とは?

  • 4

    「真の脅威」は中国の大きすぎる「その野心」

  • 5

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 6

    メーガン妃を熱心に売り込むヘンリー王子の「マネー…

  • 7

    ウクライナがモスクワの空港で「放火」工作を実行す…

  • 8

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

  • 9

    単独取材:岸田首相、本誌に語ったGDP「4位転落」日…

  • 10

    こ、この顔は...コートニー・カーダシアンの息子、元…

  • 1

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受ける瞬間の映像...クラスター弾炸裂で「逃げ場なし」の恐怖

  • 2

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 3

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる4択クイズ

  • 4

    「2枚の衛星画像」が伝える、ドローン攻撃を受けたロ…

  • 5

    屋外に集合したロシア兵たちを「狙い撃ち」...HIMARS…

  • 6

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 7

    ロシアの大規模ウクライナ空爆にNATO軍戦闘機が一斉…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    ロシア軍の拠点に、ウクライナ軍FPVドローンが突入..…

  • 10

    「500万ドルの最新鋭レーダー」を爆破...劇的瞬間を…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 5

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体…

  • 10

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中