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インドネシア大統領選、早くも前哨戦スタート イスラム教徒票に思惑、曲玉も

2018年9月20日(木)17時20分
大塚智彦(PanAsiaNews)

プラボウォ陣営もイスラム団体から支持を取り付け

一方、前回の大統領選に続いてジョコ・ウィドド大統領に挑戦する野党グリンドラ党指導者でスハルト元大統領の女婿でもあったプラボウォ・スビヤント氏は、ジャカルタ特別州副知事だったサンディアガ・ウノ氏を副大統領に立てて捲土重来を期している。

都市部のインテリ層や学生、富裕層に根強い「スハルト時代への回帰」「強い指導者待望」という空気の中、巨大な資金力をバックに選挙戦を有利に展開したいプラボウォ陣営にとっても「イスラム教徒の票獲得」は、死命を制す重要な課題であることは十分理解している。

そのため各種イスラム教組織、団体への支持要請を続けており、これまでに「ウラマス・ファトワ国家運動」などの組織的支持を獲得したとしている。

プラボウォ氏、ウノ氏は公の場に姿を現すときはイスラム教徒が好んで着用する黒い帽子(ぺチ)を被ることが多く、自らも敬虔なイスラム教信者であることを強調している。

さらにプラボウォ氏は黒いぺチに白い装束、黒いサングラスと国民の誰もが敬愛する独立の父スカルノ大統領を彷彿とさせるスタイルで「愛国者」をアピールするなど、すでに選挙戦は熱い戦闘モードに入っているのが実状だ。

「討論会は英語で」の変化球も

さらにプラボウォ氏を擁立する野党陣営は今後開催される予定のテレビ討論会などで国際化時代に相応しいように「英語で討論しようではないか」と突然呼びかけた。プラボウォ氏は義父スハルト元大統領が1998年に民主化の波で大統領を辞任したのを受けて軍籍を奪われた元エリート軍人だ。その後ヨルダンに事実上逃亡していたことがあり、英語は堪能といわれる。

副大統領候補のサンディアガ・ウノ氏も1990年に米カンザス州のウィチタ州立大学、首都ワシントンDCのジョージワシントン大学に留学したことがあり英語はかなり堪能だ。

留学経験がないジョコ・ウィドド大統領、イスラム指導者で75歳のマアルフ氏というコンビとでは「英語力」の差は歴然。しかしジョコ・ウィドド大統領は「私たちはインドネシア民族でインドネシア語という国語をもっている」と至極当然の理由でこれに反対。野党側の揺さぶりをしりぞけた。

国民の英語理解度も高くなく、自国の大統領選の討論会を英語で、などという提案は嫌がらせや曲玉に近くものだといえる。

プラボウォ氏は戦略予備軍司令官、特殊部隊司令官と陸軍の要職を経験したこともあり、民主化運動がスハルト政権打倒に向けて活発化する1997年から1998年にかけて民主活動家や学生運動家の弾圧、失踪事件に深く関わったと言われている。

プラボウォ氏は、そうしたいわば権謀術数に長けた人物であることに加えて、大統領選で2度の敗北となると政治生命が終わる可能性もあり、今後もこうした変化球も交えた場外戦を展開するという懸念が高まっている。


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大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

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