最新記事

北朝鮮情勢

米朝首脳会談で戦争のリスクは高まった

2018年7月12日(木)16時30分
ポール・ミラー

しゃんしゃん大会で終わった米朝首脳会談は、いっそないほうが平和だった? Jonathan Ernst-REUTERS

<「どんな対話でも、対話がないよりはよかったまし」と評価されるトランプ=金正恩の会談だが、下手な対話はかえって危険だ>

ドナルド・トランプ米大統領と金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が6月12日に合意した米朝共同声明によって、北朝鮮が実際に核を完全に放棄すると見る専門家は少ない。しかし同時に彼らは、この合意を評価してもいる。少なくとも米朝戦争は避けられた、と思うからだ。だが、現実は正反対。米朝首脳の性急で無意味なゼスチャーで、戦争は以前にも増して現実味を帯びきた。

共同声明は概ね決まり文句を並べただけだ(「アメリカと北朝鮮は平和と繁栄を望む双方の国民の意思に従い、新たな米朝関係を築くと約束する」など)。多少なりとも意味がありそうな項目は、「北朝鮮は朝鮮半島の完全な非核化に向けて努力すると約束する」くらいのものだろう。

ここには非核化のための具体的な道筋も、強制メカニズムも、検証手続きも一切書かれていない。皮肉にもトランプが「極めて不十分」と言うイラン核合意のほうが、はるかに詳細な手続きを定めている。米国務省が長年主張してきた「完全かつ検証可能で不可逆的な核放棄(CVID)」は宙に浮いた格好だ。

そのため核廃棄に向けた一歩としてこの声明を評価する専門家はまずいない。米情報機関は既に北朝鮮が核兵器を隠蔽し、保有数をごまかし、核施設を温存しようとしている兆候を察知しているが、それも驚くには当たらない。朝鮮半島の非核化の失敗の歴史を知る人にとっては、今さらの感がある。

非現実的な約束がもたらすもの

それでもなお、共同声明を評価する声は多い。リベラル派の政治アナリスト、ビル・シャーは「米朝外交にチャンスを与えよ」と訴え、ニューヨーク・タイムズのコラムニスト、ニコラス・クリストフは、トランプの平和への序章を批判する民主党に苦言を呈し、アトランティック誌のユーリ・フリードマンは「戦争をするぞと威嚇し合ってきた2国が今は話し合っている」ことに希望を見いだした。

こうした主張の欠点は、「どんな対話であれ、対話がないよりまし」という前提に立っていることだ。言い換えれば、話し合いさえすれば戦争は避けられる、という思い込みである。それが間違っていたら? 下手な対話をするくらいなら、対話などないほうがましだとしたら? 下手な対話は戦争回避に役立つどころか、逆に戦争を招くかもしれないのだ。

なぜそう言えるのか。例えばA がBに対し、非現実的で、実行される保証のない約束をしたとしよう。A が約束してくれたことで、Bは非現実的な期待を膨らませる。Aが約束を実行しなければ、Bは期待を裏切られたと思い、猛烈に怒る。このときAとBの関係は話し合い以前よりも悪化している。AもBも「外交上の努力をしたが、無駄だった」と思っているため、軍事衝突のリスクは以前より大きくなる。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ、一部受刑者の軍入隊を許可 人員増強で

ワールド

北東部ハリコフ州「激しい戦闘」迫る、ウクライナ軍総

ビジネス

NY連銀、新たなサプライチェーン関連指数発表へ 2

ビジネス

米CB景気先行指数、4月は0.6%低下 予想下回る
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 2

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 3

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 4

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 5

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 6

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 7

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「香りを嗅ぐだけで血管が若返る」毎朝のコーヒーに…

  • 10

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    地下室の排水口の中に、無数の触手を蠢かせる「謎の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中